Zen 6が挑む帯域の壁──Sea-of-WiresでPCは静かで速く省エネに

Zen 6が挑む帯域の壁──Sea-of-WiresでPCは静かで速く省エネに TECH

Zen 6が挑む「帯域の壁」

コンピュータの進化は、いつの時代も「帯域」という目に見えない壁と格闘してきました。
CPUの処理能力がいくら上がっても、メモリやI/Oの通り道が狭ければ、その力は十分に発揮されません。特にAI時代に入ってからは、巨大なデータを瞬時に処理するためのメモリ帯域こそが真のボトルネックとして浮き彫りになりつつあります。

AMDが間もなく送り出す Zen 6(コードネーム Venice) は、この帯域の壁を突破するための大規模刷新を抱えて登場します。
キーワードは 「Sea-of-Wires」。従来のInfinity Fabricを進化させ、SERDESベースのシリアルリンクに頼らない“太く短いバス”を採用することで、チップレット間・CPUとGPU間の通信を劇的に効率化しようという野心的な技術です。

この新しいインターコネクトは、まずサーバー市場──EPYC “Venice”──で花開きます。そこでは1ソケットあたり1.6TB/s級のメモリ帯域拡張やPCIe 6.0/CXL 3.1対応といった派手な数字が踊ります。だが重要なのは、その技術がやがてPCやワークステーションに降りてきたとき、どのように日常体験を変えるのかという点です。

帯域が広がれば、PCはより静かに、より速く、そしてより省エネに。
AIが自然に組み込まれたアプリケーションも、動画編集も、ゲームも──「GPUを積まなくてもそこそこ快適」という未来像が現実味を帯びてきます。

この記事では、Infinity Fabricの限界とSea-of-Wiresによるブレークスルーを軸に、Zen 6が切り拓く現実的なロードマップを追っていきます。サーバーで始まる技術革新が、いかにして私たちの手元のPCへと波及していくのか。その道筋を、じっくりと解き明かしてみましょう。

Infinity Fabricの限界と進化

Zenアーキテクチャの登場以来、AMDの強みは「チップレット戦略」にありました。
製造コストを抑え、歩留まり率を改善しつつ、多数のコアを柔軟に配置できる。これを可能にしてきた“血管”こそが Infinity Fabric (IF) です。CPUコアの集まるCCD(Core Complex Die)と、I/Oやメモリコントローラを司るIOD(I/O Die)を繋ぎ、さらにはGPUやセキュリティプロセッサまで含めて、システム全体を統一する役割を担ってきました。

しかし、Infinity Fabricはその名の通り“布”のように全体を覆うものの、基盤は SERDES(シリアライザ/デシリアライザ)ベースの高速シリアルリンクでした。シンプルに言えば、データを細かく切り分け、シリアル信号に変換し、再び組み立てる仕組みです。
この方式は長距離伝送や外部I/Oには適していますが、レイテンシや消費電力の面で致命的な限界が見え始めていました。

SERDES方式が抱える三重苦

  1. シリアライズ/デシリアライズの遅延:ビットを詰め直す過程でナノ秒単位の遅延が必ず発生する。
  2. 符号化のオーバーヘッド:エラー訂正やクロック同期のために余分なビットを付加する必要があり、実効帯域を削る。
  3. 電力効率の悪化:クロックデータリカバリ回路や高速トランシーバーの消費電力が無視できない規模に膨らむ。

結果として、Infinity FabricはZen 4、Zen 5世代で性能向上を支えてきた一方で、「メモリ帯域をどこまで引き出せるか」という局面においては足かせとなりつつあったのです。特にAIワークロードのように膨大なデータをCPUとGPUの間で行き来させる処理では、“Fabricが詰まる”現象が顕著に表れます。

Zen 6でのブレークスルー

ここで登場するのが Sea-of-Wires (SoW)
従来の「シリアルで速く」ではなく、「パラレルで太く」の発想へ転換することで、Infinity Fabricが直面していた三重苦を一気に解消します。
Zen 6では、これをInfinity Fabricの進化形として組み込み、チップレットアーキテクチャを次の段階へ押し上げようとしているのです。

Sea-of-Wires(SoW)の仕組みと利点

1. パラレル化によるシンプルな高速化

Sea-of-Wires(SoW)は、名前の通り「配線の海」。
従来のSERDESのようにデータをシリアル化して数十本の高速レーンに押し込むのではなく、数百〜数千本規模の並列配線を低電圧で一斉に流すというアプローチです。
これにより、データはほぼ“生のまま”チップ間を移動でき、符号化・復号のオーバーヘッドがほぼ消えます。

2. 省電力性の飛躍

SoWの特徴は 「シンプルゆえの低消費電力」

  • SERDES:1ビットあたり 1 pJ(ピコジュール)前後
  • SoW:同じ規模で 数百 fJ(フェムトジュール)/bit まで低減可能

わずかに見えるこの違いが、数百GB/s〜数TB/sクラスの帯域を流すサーバーでは、数十ワット規模の電力削減につながります。AIサーバーのように電力コストが直撃する環境では、この差は極めて大きい意味を持ちます。

3. レイテンシの劇的短縮

SoWはシリアライズ/デシリアライズの処理をほぼ不要にするため、レイテンシはSERDES比で1/3〜1/5程度に縮小できるとされています。
数ナノ秒の違いに見えても、CPU ↔ GPU間のやりとりが数百万回発生するAI推論や学習タスクでは、最終的に数%単位のスループット向上に直結します。

4. GPUのHBM思想との共通点

SoWの発想は、GPUの HBM(High Bandwidth Memory) に通じます。
HBMもまた、シリアル高速化ではなく「配線を太く・短く」することで数TB/s級の帯域を実現しました。
SoWは同じ思想を
チップ間インターコネクトに持ち込み、CPU全体の“内部HBM化”を目指す取り組みと言えます。

5. 拡張性と布石

SoWはまずはCCD ↔ IOD、CPU ↔ GPUの短距離リンクで導入されますが、将来的には 3D積層(スタックDRAMやSRAMキャッシュ)、さらにはシリコンフォトニクスによる長距離リンクと融合する可能性があります。
つまりSoWは、単発の高速化ではなく 「次世代インターコネクト時代の入り口」 という位置づけなのです。

サーバー領域での即効性

1. ソケット当たり帯域の飛躍

Zen 6(EPYC “Venice”)では、1ソケットあたりのメモリ帯域が従来の 614 GB/s → 1.6 TB/s級 へと拡大すると見込まれています。
これは単なる倍増ではなく、サーバーの設計思想そのものを変える水準です。CPUにとって「GPUほどの絶対帯域は不要」と言われてきた常識が崩れ、AI・HPC分野でも「CPU単体で処理できる領域」が広がります。

2. AIワークロードで効く領域

AIサーバーでSoW+広帯域メモリが効いてくるのは、GPU以外が担う以下の部分です。

  • 前処理:テキストのトークナイズや画像の正規化など、GPUに渡す前の膨大な軽演算。
  • 後処理:生成結果の整形、フィルタリング、ランキングなど。
  • データベース/RAG:メモリ帯域依存が強く、CPUが主役になりやすい領域。
  • GPU混雑時のフォールバック:GPU不足時でもCPU側でそこそこAI推論を捌ける。

従来は「GPUに渡すまでのCPU処理で詰まる」ことが多かったのですが、SoWと広帯域化によってGPUを遊ばせずに済むのは大きな変化です。

3. PCIe 6.0/CXL 3.1の採用

Zen 6世代ではI/Oも刷新され、PCIe 6.0CXL 3.1 に対応します。

  • PCIe 6.0:CPU ↔ GPU間のフィード効率を改善、GPUのHBM帯域をフル活用しやすくなる。
  • CXL 3.1:メモリプールやキャッシュコヒーレンシを前提にした大規模データ処理に有効。
    これにより、SoW(短距離の内部帯域)とPCIe/CXL(外部拡張帯域)の二層構造が確立し、サーバー全体のスループットが向上します。

4. 電力効率とTCO削減

AIサーバーでは電力が最大のコスト要因ですが、SoW導入によってチップ間通信の消費電力を数十%削減できる可能性があります。
ラック単位で積み上げれば、数百ワット〜数キロワット単位の削減。
これにより、データセンター事業者にとっては「性能向上と電力削減を同時に実現できる」という、TCO(総所有コスト)面での直接的メリットが生まれます。

5. サーバー市場での布石

EPYC “Venice”世代でSoWを本格導入するのは、AMDが「まずAI/HPC市場で勝負をかける」ためです。
サーバーで十分な実績を積んだのち、SoW技術はデスクトップやAPUへスケールダウンしていく──これが現実的なロードマップと見られます。

PCへの波及効果

1. APUの本格強化と「軽AI時代」

SoWがデスクトップやノートPCに波及したとき、最もインパクトがあるのは APU(CPU+GPU統合型プロセッサ)です。
これまで内蔵GPUは「オマケ」と見なされることが多かったのですが、帯域の壁が緩和されれば状況は一変します。

  • 内蔵GPUでも高解像度ゲームや映像処理が“そこそこ快適”に。
  • AI画像生成、リアルタイム翻訳、音声認識などが外付けGPUなしで動作可能に。
  • “AI PC”と呼ばれるジャンルが、専用NPUだけでなく CPU+GPU+SoWの相乗効果で進化。

2. 省電力ワークステーションの実現

SoWの省電力性は、PCのフォームファクタにも直結します。

  • 小型筐体や静音PCでも、高負荷タスクを無理なく処理。
  • ファン回転数を抑えつつ性能を引き出せるため、「静かで速い」PC体験が可能に。
  • ノートPCではバッテリー駆動時間が延び、モバイル環境でのAI利用がより現実的になる。

3. 応答性・体感速度の底上げ

SoWはチップレット間やCPU ↔ GPU間の通信だけでなく、ストレージやI/O処理のレスポンス改善にも効いてきます。

  • NVMe SSDからの読み込み時、CPU内部での待ち時間が減少。
  • マルチタスクや大容量ファイル編集で、カクつきのないスムーズな挙動。
  • 結果的に「アプリが軽快に動く」という体感速度がユーザーに伝わる。

4. GPUレスPCの再評価

将来的には「外付けGPUがなくても十分」というユーザー層が拡大すると考えられます。
特にビジネス用途やクリエイティブ中級層では、CPU+APU構成だけでAI・映像・3D作業をこなすことが可能になり、
「省スペースPC」「静音PC」「省エネPC」といった価値軸で再びAPUが脚光を浴びる可能性があります。

5. ユーザーへの直接的メリット

  • 静音化:冷却ファンに頼らない設計が現実的に。
  • 高速化:アプリ起動やAI処理がGPUレスでも快適に。
  • 省エネ:電気代と発熱の両面でメリット。

つまり、サーバーで始まったSoW革命は、やがて 「日常PCの体験を静かに変える」技術として花開くわけです。

過去と未来の文脈

1. Veniceという名の再来

今回のZen 6サーバー版に与えられたコードネーム “Venice”
この名称は、かつて2005年に登場した Athlon 64 “Venice” を思い起こさせます。
当時も焦点は「メモリコントローラの刷新」であり、DDRメモリの性能を最大限に引き出す設計が注目されました。
20年近い時を経て再び“Venice”が使われるのは、偶然ではなく 「メモリ帯域刷新」という文脈の継承と捉えることができます。

2. AMDの長寿ソケット戦略

Zen 3世代の Ryzen 3 5100 がいまになってアジア圏で流通するというニュースは象徴的です。
AM4ソケットは2017年から2022年まで約6年にわたりサポートされ、その後も在庫やOEM向けに息長く製品が供給されました。
これは「古い投資資産を守り続ける」AMDの方針を示すものであり、結果的にユーザーの信頼を獲得する要因となりました。

対照的にIntelは世代ごとにソケットを頻繁に変更し、そのたびにマザーボード更新を強いられる構造がユーザーの不満を招きました。
この違いが、自作市場や中小事業者における 「AMDシフト」 を後押ししたのです。

3. 今後の布石:SoWの先にあるもの

SoWは短距離で絶大な効果を発揮しますが、ラックをまたぐような長距離接続では限界があります。
ここでAMDが見据えているのが シリコンフォトニクス
光通信をダイ間・ラック間インターコネクトに取り込むことで、SoWが苦手とする距離の問題を克服し、
将来的には 「チップレットを超えたラックスケールの一体化」 へ進む可能性があります。

また、3D積層技術と組み合わせることで、SoWは単なる横方向のリンクにとどまらず、CPU上にSRAMやDRAMを積層した“立体インターコネクト”を支える基盤にもなり得ます。
その先に見えるのは、CPUもGPUもメモリも一体化した“Compute-in-a-Box”のような姿です。

帯域の壁を突破した先に

コンピュータの歴史を振り返れば、常に「帯域の壁」が性能の天井を決めてきました
CPUのクロックを上げても、コア数を増やしても、メモリやI/Oが追いつかなければ意味がない──これは昔も今も変わらない真理です。

Zen 6で導入される Sea-of-Wires (SoW) は、その壁に対してAMDが示した現実的かつ野心的な解答です。
Infinity Fabricの限界を越えて、省電力で低遅延な“内部HBM的インターコネクト”をPCアーキテクチャの中に持ち込む。
これによって、サーバー領域ではAIワークロードの効率が飛躍的に改善され、PC領域では「静かで速く、省エネ」というユーザー体験が手に入ります。

短期的にはEPYC “Venice”がデータセンターでAI処理を支える存在となり、
中期的にはAPUやワークステーションがSoWの恩恵を受けて “GPUレスでも快適”な軽AI時代を迎え、
長期的にはシリコンフォトニクスや3D積層と融合して、CPU・GPU・メモリの垣根が消えた新しいコンピューティング像へと至るでしょう。

ユーザーにとってその未来は、専門的な数字ではなく、日常の体感に結びつきます。
アプリが瞬時に立ち上がる。AI機能が裏で自然に働く。PCが静かで熱くならない。電気代もかからない。
「帯域の壁を突破したPC」は、こうした“静かな快適さ”を当たり前のものにしていくはずです。

Zen 6 “Venice” のSoWは、単なるCPUの新機能ではなく、次世代PCの風景を描き出す最初の一筆──そのように位置づけられるでしょう。