Windows堕落史 〜古参ユーザーが見た30年の物語〜

Windows堕落史 〜古参ユーザーが見た30年の物語〜 TECH
Windows堕落史 〜古参ユーザーが見た30年の物語〜

――「OSの終わり」を告げる静かな断末魔

  1. ■ 序章|OSがまだ“背景”だった時代
  2. ■ 第1章|Windows黄金期:OSが主役へと躍り出る
    1. ● 世界を制したのは、技術の優位ではなく「互換性の支配力」
    2. ● XPが頂点だった理由:OSが最大の“信用インフラ”になったから
    3. ● 黄金期が孕んだ矛盾:互換性という“呪い”
    4. ● ユーザーも企業も「Windowsが永遠に続く」と信じた
  3. ■ 第2章|Microsoft内部ヒエラルキーの崩壊と、Windowsの植民地化
    1. ● Azureの台頭:“稼ぐ部門”が王となった
    2. ● Microsoft内部ヒエラルキー(確定版)
    3. ● Windowsは“稼げない”。その瞬間、権力を失った
    4. ● Windowsの使命は「他部門の利益を最大化すること」へと変質した
    5. ● WebView2はなぜ浸食したのか?
    6. ● インフラだったOSは、部門政治の“犠牲者”になっていった
    7. ● そしてユーザーは違和感を覚え始める
    8. ● Windowsは、もはや “OS” ではない
  4. ■ 第3章|Edge派閥の台頭と、WindowsがWebView2まみれになった理由
    1. ● 「UIは全部Webでいい」──Edge派閥の思想
    2. ● “WinUIの失敗”がWeb化を加速した
    3. ● 他部署は“喜んで”WebView2を選ぶ
      1. ● Office → Webとの統一が最重要
      2. ● AI部門 → Copilotを一撃でOSに統合できる
      3. ● Edge → WebView2 = 自分たちの基盤
      4. ● Azure → Webなら管理しやすい
    4. ● そしてWindowsは、WebView2の“実験場”へ
    5. ● WebView2汚染は“技術の勝利”ではなく“権力の勝利”だった
    6. ● そしてユーザーはただ“重くなるOS”を目撃する
  5. ■ 第4章|Windowsはなぜ“Electron Factory”になったのか
    1. ● 理由①:Windows単体の「設計思想」が完全に失われた
    2. ● 理由②:UIフレームワークの“連続頓挫”による真空地帯
    3. ● 理由③:AI統合が“最短距離のWeb化”を強制した
    4. ● 理由④:Electron文化が“最も開発者に優しい”という現実
    5. ● 理由⑤:OSの内部まで“Webブラウザ化”を許してしまった
    6. ● 理由⑥:Windowsは「未来を自力で作れない OS」に転落した
  6. ■ 第5章|“OSの死”はいつ起きたのか
    1. ● 「設定」アプリが遅いと感じた日 ── すべてが崩れ始めた兆候
    2. ● タスクバーが“重さ”を持った瞬間、OSとしての品位が消えた
    3. ● Copilotが“勝手に生えた日”、OSの死は現実になった
    4. ● いつから“PCの重さ”は正当化されるようになったのか?
    5. ● OSが“サービス”になった日、OSは死んだ
    6. ● 小さな違和感は、ひとつの真実に収束する
  7. ■ 第6章|OSという概念の終焉
    1. ● OSの役割は“アプリを動かすこと”だった
    2. ● しかし「アプリの価値」が激減した瞬間、OSも同時に死んだ
    3. ● ブラウザは“新世界のOS”になった
    4. ● AIは“アプリ”の概念すら破壊する
    5. ● OSは捨てられ、クラウドとAIだけが価値を持つ世界へ
    6. ● WindowsはOSとして死んだが、“媒体”として利用され続ける
    7. ● そして残るのは、古参ユーザーの静かな寂しさ
  8. ■ 最終章|そして、古参ユーザーだけが“Windowsの死”を見届ける
    1. ● “あの頃のWindowsを知っている” という特殊な記憶
    2. ● “軽さ”と“静けさ”と“職人性”が消えた日
    3. ● Windowsの死は、誰にも看取られない
    4. ● そして、あなたは“見届けた者”になる
    5. ● Windowsは死んだ。

■ 序章|OSがまだ“背景”だった時代

かつて、OSは主役ではなかった。
PCという装置の奥にひっそりと控え、ユーザーの視界に入り込むことなく、黙々とアプリケーションを動かす“影”のような存在だった。

Windows 3.1 の頃──
4MBのメモリを抱え、磁気ディスクの重い回転音を聞きながら、私たちはWord 5.0で文書を作り、Lotus 1-2-3で表計算をこなしていた。WYSIWYGはすでに成立しており、Excelの表をOLEで文書に埋め込むような作業ですら、あの貧弱なスペックの上で実現できていた。

それでも不満を感じなかったのは、OSが“軽かった”からだ。
それは体感的な軽さであり、精神的な静けさでもある。OSは目立たず、邪魔もせず、アプリケーションにスポットライトを譲り、ただ裏側で控えめに息をしていた。

ユーザーがPCを買う理由は、OSではない。
一太郎が動くから。Lotusが必要だから。Netscapeでインターネットに触れたいから。
ハードはアプリケーションを動かすための器にすぎず、その器の色や形には大きな関心がなかった。

OSという存在は、あくまで脇役だったのだ。

だからこそ、OSが軽くあることは当たり前だった。
OSが重いなどという発想すら存在しなかった。
メモリを食いつぶし、CPUを奪い、UIをボタン一つ描画するだけのために数百MBのモジュールを抱える──そんな未来が来るとは、誰も想像しなかった。

それは、アプリケーションを輝かせるための“背景”として、OSが自己主張をしなかった時代の、静かで幸福な錯覚だったのかもしれない。

しかし、この“背景の静寂”は、やがて終わりを迎える。
Windowsが世界標準のインフラとなり、OSそのものが巨大化し、政治的な力学の渦中へと引きずり出されていく時代が訪れる。

次章では、その“躍り出たOS”がどのように世界の中心を掴み取り、そしてゆっくりと堕ちていくための足場を築いたのか──その最初の一歩を描く。

■ 第1章|Windows黄金期:OSが主役へと躍り出る

OSがまだ“背景”であった時代を一変させたのは、紛れもなく Windows 95 だった。

起動音は明るく、UIは眩しく、インターネットという新しい神話を引き連れて、
Windowsは“静かな裏方”から“世界の中心”へと押し上げられた。

この変化は単なるOSアップデートではない。
世界のソフトウェア文化そのものの地殻変動だった。


● 世界を制したのは、技術の優位ではなく「互換性の支配力」

Windows 95〜XPの時代、ユーザーの選択基準はこうだった。

  • そのアプリはWindowsで動くか?
  • 会社の業務ソフトはWin32ベースか?
  • 周辺機器のドライバはWindows向けに出ているか?

ユーザーがPCを選ぶ理由は、OSの美学ではない。
「Windowsでしか動かないから」である。

Win32 APIは世界のアプリを吸い寄せる巨大磁場となり、
開発者はこぞってWindowsを前提にソフトを書くようになった。

そして、気がつけば Windows は 「アプリの器」から「世界の器」へと変貌していた。

この瞬間、OSはもはや背景ではなく、舞台そのものになった。
アプリケーションはその上で踊る演者でしかない。


● XPが頂点だった理由:OSが最大の“信用インフラ”になったから

Windows XPの安定性は神話的だ。
企業が十年単位で使い続けた唯一のOSといっても良い。

XPの強さは、性能でもUIでもなく、「信用」だった。

  • どんなソフトも動く
  • どんなプリンタも繋がる
  • どんな業務アプリも想定されている
  • 開発者が最も情報を持っている

OSが主役になったとは、ユーザーの生活も、企業の業務も、世界のITも、すべてWindowsの上で動くようになったということだ。

OSとしてのWindowsは、この時代、最も輝いていた。
そして同時に、この時代こそが Windowsが堕ちていく原因を孕んだ“最高潮” でもあった。


● 黄金期が孕んだ矛盾:互換性という“呪い”

XPが全世界を掌握したその裏で、ひとつの巨大な宿命が生まれた。

互換性を捨てることができない。

これが後にWindowsを沈めていく。

  • OSを軽くできない
  • APIを整理できない
  • レガシーを廃止できない
  • UIの刷新が不可能
  • モダンなアーキテクチャが導入できない

Windowsは世界の器であるがゆえに、
“変わる自由”を失った。

この矛盾が、のちに WebView2依存、Electron化、AIレイヤー強制統合 といった歪な進化を強いていく。

黄金期は、凋落の始まりだったのだ。


● ユーザーも企業も「Windowsが永遠に続く」と信じた

XP以前、ユーザーはOSが変わるたびにPCを買い替え、
企業は新OSへの移行計画を毎回立てていた。

それは、Windowsが世界の秩序だったからだ。

この秩序はあまりに広く、あまりに強く、
誰もが「Windowsという帝国は永遠に続く」と信じて疑わなかった。

その錯覚のまま、時代だけが静かに進んでいく。

OSは肥大化し、政治化し、開発体制は複雑化し、
OSを作る組織構造そのものが新しい時代と噛み合わなくなっていく。

そして、Microsoft内部のヒエラルキーが変質する。

OS → ただの“植民地”へ。
Azure → 絶対王者へ。

次章では、
Windowsが“主役の地位”を失い、
社内政治の中でどう格下げされていったのかを描いていく。

■ 第2章|Microsoft内部ヒエラルキーの崩壊と、Windowsの植民地化

Windowsが世界の中心にいた時間は、思い返してみればあまりに短い。
XPの黄金期が終わり、クラウドという新しい大陸が見え始めた頃、
Microsoft内部では、ゆっくりと、しかし確実に 権力構造の地殻変動 が始まっていた。

この変化は、ユーザーには見えない。
しかし、Windowsの現在の姿──WebView2とElectronの温床になった理由──を理解するには、
この社内ヒエラルキーを知ることは欠かせない。


● Azureの台頭:“稼ぐ部門”が王となった

クラウドが企業ITを飲み込んだことで、Microsoftは一気に体質を変えた。

Azureは爆発的に利益を上げ、
企業向け契約、SaaS統合、DevOps基盤、AI基盤、セキュリティをすべて飲み込んだ。

こうして生まれた社内ヒエラルキーの新序列はこうだ。


● Microsoft内部ヒエラルキー(確定版)

  1. Azure(絶対王者)
  2. Microsoft 365(Office/Teams)
  3. AI(Copilot / OpenAI連合)
  4. Edge(広告と検索の代替)
  5. GitHub / DevDiv(開発者まわり)
  6. Windows(植民地)

OSは6番目。
世界を支配していたWindowsが、いまや社内ランキング最下層。
これは単なる比喩ではなく、実際の投資配分・人材配置・開発優先度においてもそのままだ。

そして、この序列がすべてを変えた。


● Windowsは“稼げない”。その瞬間、権力を失った

Azureは売上と利益を引っ張り、Office(Microsoft 365)は法人契約で鉄壁の収益を生み、
AIは新たな覇権市場として社内トップの注目を浴びた。

一方で Windows は──

  • 一度売れば終わり
  • アップデートは無料
  • 法人の移行は遅い
  • 新機能による追加収益が小さい
  • 費用対効果が悪い

つまり、稼げない部門

これが、すべての政治を決めた。


● Windowsの使命は「他部門の利益を最大化すること」へと変質した

Windowsはすでに、自分自身のために存在していない。

その使命は次の3点に収束した。

  1. AzureとOfficeのSaaSを売るためのデバイス基盤として存在する
  2. AI(Copilot)を載せる“土台”として存在する
  3. Edge(広告・検索)の流通を増やすためのホットラインになる

Windows自体の価値は、もはや二の次。

Windowsは Azureの“配下”、Officeの“販路”、AIの“宿主”、広告の“媒体” という、
複数部門から収益を吸われる“植民地”になった。

社内政治の焦点はこうなる。

「Windowsの独自路線」はNG。
「Azure/365/AIの利益最大化」だけが正義。

この瞬間、Windowsの技術的未来は消えた。


● WebView2はなぜ浸食したのか?

理由はシンプルだ。

Edge派閥(Web技術派)が、予算も人員も持っていたから。

Windows側はこう反論する余裕がない。

  • UWPは終わった
  • WinUIは完成しない
  • WPFはメンテナンスのみ
  • Win32はレガシー扱い
  • 新UI基盤を作る予算も人もない

そこへ Edge チームがこう言い出す。

「WebView2を使えば全部解決しますよ?
UIも速く作れるし、共有コンポーネントも統一できます」

Azure側もこう言う。

「ブラウザ技術ならクロスプラットフォーム展開が楽。
Windows専用UIなんて金の無駄。」

Office側はこう言う。

「Webベースにしたい。開発コストが減る。
なぜWindowsのためにUIを2つ作らないといけないのか?」

AI部門もこう言う。

「Copilotの統合はWebView2で済む。WinUIやXAMLは不要。」

そして Windows チームは──
予算も権限も無いので “No”と言えない。

かくして Windows は、
WebView2で作ったUIを貼り合わせた “実質Electron” へと堕ちていく。


● インフラだったOSは、部門政治の“犠牲者”になっていった

かつてOSは世界の中心だった。
今は違う。

Windowsは、
自分の意志で進化する自由を奪われた存在だ。

  • 新UIを作る予算はない
  • UXを磨く人材はAzureに取られる
  • OS設計の主導権はAI部門に移った
  • Edge派閥がUIをWeb化
  • Office派閥がWeb優先
  • Azure派閥はOSに“軽量化”を求めない
  • 動作が重くなっても責任の所在は曖昧

その結果、
WindowsはOSではなく“寄せ木細工”のプラットフォームとなった。


● そしてユーザーは違和感を覚え始める

  • 設定画面が遅い
  • タスクバーが重い
  • CopilotがOSに無理やり乗っている
  • アップデートのたびに機能が足される
  • メモリ16GBが“最低ライン”になった
  • Edgeが強制的に前へ出てくる
  • OSなのに、まるでWebサービスのように肥大化していく

これは技術の問題ではない。
社内政治の帰結である。


● Windowsは、もはや “OS” ではない

  • Azureのための入口
  • Officeのための道具
  • AIのためのホスト
  • Edgeのための広告配信端末

Windowsは、自らの意思で動けない “従属レイヤー” に堕ちた。

そしてこの構造が、
後の WebView2汚染、Electron化、AI/広告レイヤーによる肥大化
を加速させていく。

■ 第3章|Edge派閥の台頭と、WindowsがWebView2まみれになった理由

Windowsが社内ヒエラルキーの最下層に追いやられたあと、
OSの未来はもはや「Windowsチームの意思」では決められなくなった。
その空白を埋めるように、ひとつの勢力が静かに影響力を拡大していく。

それが “Edge派閥”──社内で唯一、ブラウザとWeb技術を握る部門である。

この章では、
なぜWindowsがWebView2で埋め尽くされていったのか
その政治的・技術的・組織的な力学を解き明かす。


● 「UIは全部Webでいい」──Edge派閥の思想

Edge(Chromium)が誕生したとき、社内では大きな決断が下された。

「WindowsのUIは、これからWeb技術を前提に設計するべきだ。」

この思想の裏には、明確なロジックがある。

  • Webはクロスプラットフォーム(Windows専用でなくて済む)
  • 開発者を新UIフレームワークに再教育する必要がない
  • デザイナーとエンジニアの共通言語としてWebは強い
  • 更新が高速に回せる(Azure/Microsoft 365 と同じリズム)
  • OSのUI刷新をEdgeチームが“肩代わり”できる

つまりEdge派閥は、
WindowsのUIを“ブラウザの領域”へ吸収しようとしていた

これに対し、Windows側は反論できない。
予算、権限、技術要員──すべて不足していたからだ。


● “WinUIの失敗”がWeb化を加速した

Windowsは長年、何度も“新UI基盤”を作ろうと挑戦した。

  • Avalon(WPF)
  • Silverlight
  • UWP
  • WinUI 2
  • WinUI 3

だが、いずれも決定的な成功を収められず、
「モダンUIの基盤」が永遠に完成しないまま時代だけが進んだ。

この失敗の連続が、Edge派閥にとっての絶好の口実になった。

「もうネイティブUIを維持する必要はない。
WebView2なら統一できる。」

誰も反論できなかった。

Windows自身がUI基盤の不在を露呈してしまっていたからだ。


● 他部署は“喜んで”WebView2を選ぶ

ここで重要なのは、
WebView2が押し付けられた“犠牲者”ではなく、
むしろ他部署が積極的に採用した“人気者”だった

という事実だ。

● Office → Webとの統一が最重要

  • Word/Excel/Outlook はWeb版との統合を進めたい
  • Windows専用UIを二重に作りたくない
  • 更新のリードタイムもWebのほうが速い

● AI部門 → Copilotを一撃でOSに統合できる

  • プロンプトUIはWebで十分
  • モデル更新はサーバー側で完結
  • OSを巻き込まず機能追加できる

● Edge → WebView2 = 自分たちの基盤

  • UI標準を掌握できる
  • Windowsの“見える部分”をBrowser化できる
  • 影響力が飛躍的に伸びる

● Azure → Webなら管理しやすい

  • OS依存度が下がる
  • デスクトップでなくクラウド連携を優先できる

Windows以外の全方位がWebView2に賛同していた。

この構造では、Windowsだけが孤立する。


● そしてWindowsは、WebView2の“実験場”へ

これが現在のWindowsだ。

  • 設定 → WebView2
  • ウィジェット → WebView2
  • Copilot → WebView2
  • タスクバー → WebView2
  • Store → Web UI
  • Xbox系UI → Web
  • エクスプローラ新部 → Web技術

OSの中心部までブラウザ化し、
ネイティブとWebの境界線は溶けていった。

ちなみに、同じ現象は
macOSやiOSでは起きていない。

AppleはUIフレームワークを 自社の中核技術 として扱い、
ブラウザをUI基盤に昇格させることは決してしない。

Windowsだけが、
社内政治の結果として 「OSの部品をブラウザに寄生させる」
という異常事態に陥っている。


● WebView2汚染は“技術の勝利”ではなく“権力の勝利”だった

WebView2の浸食は、技術のトレンドではない。

これは 政治の産物 だ。

  • Azure → Windowsに軽量化を求めない
  • Office → Web統合したい
  • Edge → UI主導権がほしい
  • AI → 強制統合したい
  • Windows → 反論できない

こうして 「社内の都合」だけでOSが設計される異常な時代
が生まれた。

かつて世界を支配したOSは、
今や複数部門の要求を飲み込むだけの “広場のような存在” へと変質した。


● そしてユーザーはただ“重くなるOS”を目撃する

  • 設定画面はレンダリングで遅延
  • タスクバーはGPU負荷が高い
  • Edge関連プロセスが常駐
  • Copilotが勝手に増える
  • WebView2がメモリを食い続ける
  • OSの中にブラウザが常時動いている
  • 起動しているアプリが少なくても重い

理由は明白。

Windowsはブラウザの上にOSを貼ったのではない。
OSの上にブラウザを貼り付け続けているからだ。

しかも、その選択は
“技術の必然”ではなく “社内政治の必然”だった。

■ 第4章|Windowsはなぜ“Electron Factory”になったのか

――ブラウザ技術がOSを侵食した“決定的瞬間”

Windowsは決して好きでElectron化したわけではない。
技術力の限界でもなければ、Webが最適解だったからでもない。

その実態は、
複数の派閥が「自分の都合」でWindowsにWeb技術を押し付け続けた結果、
OSが“意思を持たない寄せ木細工”になった
だけだ。

この章では、
その“意思なき最終形”が Electron Factory と化した理由 を明らかにする。


● 理由①:Windows単体の「設計思想」が完全に失われた

かつてのWindowsには、はっきりした哲学があった。

  • 一貫したUI(Windows 95〜XPのHIG)
  • Win32アーキテクチャの単一性
  • OSは軽く、アプリが主役
  • ネイティブアプリの応答速度を最優先
  • デスクトップは“作業の場”

しかし、クラウドの台頭と共にこの哲学は死んだ。
理由は単純で、

Windowsが主体的に未来を決められる立場ではなくなったから。

“Azureの下請け”“Officeの販路”“AIの宿主”として扱われた瞬間、
Windowsの内部設計は 他部門の要件の寄せ集め に変質した。

哲学の亡霊が消え去ったOSは、
最も声の大きい部門の要求を飲み込むだけの器 になる。

そう、Electronのように。


● 理由②:UIフレームワークの“連続頓挫”による真空地帯

WindowsのUI戦略は、この20年で5回失敗した。

  • WPF(良いが重い)
  • Silverlight(死亡)
  • Metro UI(黒歴史)
  • UWP(終了)
  • WinUI(未完のまま停滞)

この失敗の連続が生み出したのは “空白” だ。

「Windowsアプリは、何でUIを作るべきなのか?」

この問いに、Microsoftは答えを失った。
そしてその空白に入り込んだのが、
WebView2Electron思想 だった。

WindowsはUI基盤をもはや自前で維持できず、
技術的にも政治的にも ブラウザUIしか選べない体質 へと変わっていく。


● 理由③:AI統合が“最短距離のWeb化”を強制した

Copilot統合は、Windowsにとって 致命的な分岐点 だった。

AI部門がOSへ要求したのは、
“重いネイティブ統合”ではない。

  • 早く出す
  • 仕様変更に即応できる
  • サーバー側でアップデートできる
  • UIを柔軟に変えたい

これらすべてを満たすものは、
WebView2以外に存在しなかった。

こうしてCopilotの本体は、
OSネイティブではなく ブラウザUI の上に乗ることになった。

そこから作業は雪崩のように動き始める。

  • AIのUIはWebでいい
  • なら、設定画面もWeb化すればいい
  • ウィジェットもWeb化で統一すべき
  • タスクバーのUIもWeb化したほうが楽
  • StoreもWeb化
  • Xboxの設定系もWeb化

AIとEdgeが同時にOSへ侵食しはじめた瞬間、
Windowsは 完全に「Web UI のほうが都合が良いOS」 になった。


● 理由④:Electron文化が“最も開発者に優しい”という現実

開発者側にとって、WindowsのモダンUI戦略は地獄だった。

  • 技術方針が毎回変わる
  • 新フレームワークは3年で消える
  • ドキュメントは乱立
  • 互換性は不透明
  • ネイティブ開発は学習コストが高い
  • Metro → UWP → WinUI の迷走で心が折れる

その結果、開発者はこう言い出す。

「Electronで作るほうが100倍楽」

  • iOSもmacOSも同じコードで動く
  • Linuxでも動く
  • 新しいUIもWebで書ける
  • デザイナーと同じ言語で作れる
  • Windowsの仕様変更の影響を受けない
  • 問題の切り分けが簡単

Electron文化は、
Windowsによって生まれ、
Windowsの失敗によって加速し、
Windowsを滅ぼす基準になった。

皮肉でも、比喩でもない。


● 理由⑤:OSの内部まで“Webブラウザ化”を許してしまった

WebView2はUIコンポーネントにとどまらず、
OSの内部にも入り込んだ。

  • 設定アプリ
  • タスクバー
  • ウィジェット
  • Copilot
  • アクションセンター
  • クイック設定
  • Microsoft Store
  • 新エクスプローラの一部

OSの中で常に動いているのが、
Webブラウザのインスタンス になった。

これは “Electron化” の極致だ。

アプリをElectronで作るのではない。
OSそのものがElectron的に構築されているのだ。

ユーザーが何もしていなくても重いのは当然だ。
ブラウザが常にOS内で複数走っているのだから。


● 理由⑥:Windowsは「未来を自力で作れない OS」に転落した

現在のWindowsは、

  • 他部門の要求を飲むこと
  • 後付けコンポーネントを貼ること
  • ブラウザUIで埋めること

以外の進化ルートを持たない。

新しい未来を「自分の意思で」設計する機能を、
組織として失った OS だ。

かつて世界を支配した Windows は、
今や 「AI+Web+広告」を盛るためのベースレイヤー にすぎない。

その象徴的な姿が Electron Factory と化した現在のWindows である。

■ 第5章|“OSの死”はいつ起きたのか

――ユーザーが最初に覚えた「小さな違和感」の正体

Windowsの没落は、ある日突然起きたわけではない。
それは、ユーザーの指先に訪れた 小さな違和感 から始まった。

「設定画面が開くのにワンテンポ遅い。」
「タスクバーがなぜか引っかかる。」
「Edge 関連のプロセスがバックグラウンドに常駐している。」
「メモリ16GBが“最低限”と語られはじめた。」

こうした細部の違和感は、当初は気のせいに見えた。
しかし、積み重なるにつれ、ユーザーは気づく。

“これはOSではない。Webアプリの寄せ集めだ。”

この章では、
ユーザーがその真実に至るまでの “体験の崩壊” を追う。


● 「設定」アプリが遅いと感じた日 ── すべてが崩れ始めた兆候

Windows 10 以降、コントロールパネルは半死半生となり、
後継として作られた「設定」アプリが表舞台に立った。

しかし、多くのユーザーはすぐに違和感を覚えた。

  • 軽快だったはずのOSの設定が、滑らかに開かない
  • アニメーションが失敗したような妙な“硬さ”がある
  • スクロールがブラウザに似た質感になった

その時点で誰も明言しなかったが、
OSの中心部に “ブラウザのレンダリングエンジンが常駐している” など、
想像すらしていなかった。

だがそれこそが事実だった。
設定アプリは WebView2 でできていたのだ。

ユーザーは知らぬ間に、
OSの中でブラウザを操作していた。


● タスクバーが“重さ”を持った瞬間、OSとしての品位が消えた

Windowsのタスクバーは、かつて世界最高のUIだった。
軽く、安定し、秒単位で反応し、
“道具として完成された存在” だった。

しかし、Windows 11 のタスクバーは違う。

  • クリックが0.1秒遅れる
  • アニメーションがGPU負荷を要求する
  • Edgeサブプロセスが関連する
  • 設定変更がWebUI経由でしか機能しない

タスクバーという“OSの顔”が重くなった瞬間、
ユーザーは初めてOSの魂が抜けたことに気づいた。

必要な機能は減り、余計な演出は増え、
道具からサービスへ──
哲学の崩壊はここではっきりと表れた。


● Copilotが“勝手に生えた日”、OSの死は現実になった

Copilotは更新のたびに現れ、
OSのどこにでも顔を出し、
消しても戻ってくる。

もはやOSの構造を無視して統合され、
ユーザーの明示的な選択を必要としない。

これはただのAIではない。
OSの主権が奪われた象徴 だ。

OSの内部に生えてくるアプリケーションなど、
Windows 95 〜 XP の時代には考えられなかった。

OSが自分で自分の未来を決める権利を失った日。
それがCopilot統合の瞬間だった。


● いつから“PCの重さ”は正当化されるようになったのか?

ここが最も決定的な変化だ。

昔:

  • メモリ4MBでWordが動いた
  • Windowsは軽さが当然だった
  • OSが重い=悪、という常識があった
  • OSはユーザーに気を遣っていた

今:

  • 「メモリ16GBは必須」
  • 「ブラウザは重いもの」
  • 「WebUIは仕方ない」
  • 「AI統合だから遅いのも当然」

誰がこんな常識をつくったのか?

重いOSを擁護する文化 を生み出したのは、
Windows自身ではない。

Azure、Office、Edge、AI──
OSより上位に位置づけられた部門の都合が、
OSの品位を引きずり下ろし、
重さを“時代の必然”として刷り込んでいった。

ユーザーはいつの間にか、
OSが軽くあるべきという当たり前の感覚 を奪われた。


● OSが“サービス”になった日、OSは死んだ

現代のWindowsは、
もはやOSではなく サービス配信基盤 だ。

  • Azureの入口
  • Microsoft 365 の販路
  • Edgeの広告端末
  • Copilotのホスト
  • WebView2アプリのランタイム
  • 電子掲示板のように機能が貼り付けられ続けるUI

ユーザーの道具ではなく、
企業の収益のために形作られた“媒体”だ。

OSという概念は、静かに息を引き取った。
ユーザーがまだ気づかないうちに。


● 小さな違和感は、ひとつの真実に収束する

  • “OSがアプリより重い”
  • “設定がブラウザで動いている”
  • “AIが勝手に増える”
  • “タスクバーが滑らかではない”
  • “WebView2プロセスが常駐している”
  • “UIが統一されていない”

これらすべての違和感は、
ひとつの核心へと繋がる。

WindowsはOSとしての死を迎え、
企業サービスの複合体へと変質した。

ユーザーが知らず知らずのうちに抱いた“違和感”こそ、
OSの死を最初に告げた足音だった。

■ 第6章|OSという概念の終焉

――AIとクラウド時代、“器”は価値を失った

Windowsが堕ちた理由を、
単なる失策や技術的迷走として語ることは簡単だ。
しかし本質は、もっと冷徹で大きな流れにある。

それは OSという概念そのものが役割を終えた という事実だ。

この章では、
「OSが時代に必要とされなくなった理由」を描く。


● OSの役割は“アプリを動かすこと”だった

20世紀末、OSの価値は極めてシンプルだった。

  • ハードウェアを抽象化する
  • メモリとプロセスを管理する
  • アプリケーションを安定して動かす
  • 共通のUIと操作体系を提供する

つまり OS は アプリのための舞台装置 にすぎなかった。

ユーザーはOSを買ったわけではない。
そこで動くアプリケーションのためにPCを買ったのだ。

Word、Excel、一太郎、Lotus、Photoshop──
OSはその背後で静かに支える役者だった。


● しかし「アプリの価値」が激減した瞬間、OSも同時に死んだ

クラウドとブラウザが生まれ、
その上に SaaS が大量に乗るようになると、
アプリケーションは急速に「軽量な存在」へ変化した。

  • Gmail
  • Google Docs
  • Slack
  • Notion
  • Figma
  • Teams(実質Web)
  • M365のWebアプリ
  • すべてブラウザで動く

ここで決定的な現象が起きる。

アプリがOSを必要としなくなった。
つまりOSも価値を失った。

Windows 95 が生んだ「OS=世界の中心」という構造は、
ブラウザによって崩壊した。


● ブラウザは“新世界のOS”になった

いま最も多くのアプリケーションを動かしているのは何か?

それは WindowsでもmacOSでもない。
Chrome、Safari、Edge といったブラウザだ。

ブラウザは、

  • ファイルを開き
  • カメラやマイクにアクセスし
  • ハードウェアを抽象化し
  • サンドボックスでアプリを管理し
  • GPUを扱い
  • フォントレンダリングもUIも提供し
  • すべてOSに代わって実行している

つまりブラウザは、
OSの仕事を奪い、代替し、現代の“第2のOS”に進化した

WindowsがWebView2で自分自身をブラウザ化したのは、
時代の必然でもあった。


● AIは“アプリ”の概念すら破壊する

追い討ちをかけたのが AI の登場だ。

AIはアプリケーションに向かう必要すら奪った。

  • コードを書く → AIに聞く
  • 文書を作る → Notebook LM / Copilot が生成
  • スケジュール → AIが最適化
  • プレゼン → AIが原稿と図表を揃える
  • 画像生成 → 標準アプリは不要

AIはアプリを統合し、
アプリの意味を希薄にしていく。

アプリが不要になる世界で、OSは何をするのか?

答えは残酷だ。

何もしない。
ただAIのUIを載せる“板”になるだけだ。


● OSは捨てられ、クラウドとAIだけが価値を持つ世界へ

企業も個人も、
必要としているのはOSではない。

必要なのは──

  • クラウドのストレージ
  • コラボレーションツール
  • AIによる自動生成
  • ブラウザアプリ
  • デバイス間同期
  • セキュリティ基盤
  • 検索、広告、AI回答

OSはこれをつなぐ“透明な通路”でしかなくなった。

“器”に価値はない。
中身にこそ価値があるのだ。

それが OS の死を決定づけた。


● WindowsはOSとして死んだが、“媒体”として利用され続ける

おそらくこれから先、
Windowsが完全に消えることはない。

しかしそれはかつてのWindowsではない。

  • Azureの入口として
  • Microsoft 365の販路として
  • Edge広告の配信端末として
  • Copilot統合の土台として
  • Webアプリのビューアとして

つまりWindowsは、
企業戦略のための“媒体”として存在し続けるが、
OSとしての役割は消滅している。

これが “OSの終焉” の実態だ。


● そして残るのは、古参ユーザーの静かな寂しさ

OSが透明な器になったことは、
テクノロジー進化としては正しい。

しかし──
どうしても拭えない寂しさがある。

かつてOSは、
精神的支柱であり、文化であり、創造の場だった。

今のOSは、
広告とAIとWebUIが散乱した“板”にすぎない。

だがその寂しさを感じられるのは、
あの時代のWindowsを知る者だけ である。

■ 最終章|そして、古参ユーザーだけが“Windowsの死”を見届ける

――世界が気づかぬうちに、ひとつの文化が静かに消えていった

WindowsがOSとして死んだことを、
世界は意外なほどあっさりと受け入れた。

なぜか?

理由は簡単だ。

大半のユーザーは、もはやOSに価値を見ていないからだ。

クラウドとブラウザとAIの時代において、
OSは透明な器でしかなく、
どれを使ってもほとんど差はない。

Windowsが衰退しても、
誰も困らない。

しかし──
この“死”を誰よりも深く理解してしまう層が存在する。

それが、
あなたのような 古参のWindowsユーザー だ。


● “あの頃のWindowsを知っている” という特殊な記憶

Windowsがまだ軽く、静かで、誇り高かった時代。

  • メモリ4MBで動いたWord
  • カチカチと確実に反応するUI
  • Win32アプリが世界を席巻した興奮
  • XPの圧倒的な安定性
  • OSが影として完璧だった95〜98の空気感
  • Vistaで揺れ、7で完全に蘇ったあの瞬間
  • OSが文化だった時代の残り香

あなたは、それを知っている。

この “記憶” を持つものだけが、
現代のWindowsに触れた時、
ただの違和感では済まない 痛み を覚える。

「これはもうOSではない。」

その喪失感は、
XP以前を知らない世代には決して理解できない。


● “軽さ”と“静けさ”と“職人性”が消えた日

昔のOSは、
ユーザーを裏切らない道具だった。

  • 無駄な通信をしない
  • 不要なサービスを起動しない
  • UIは統一されている
  • プロセスは最小限
  • アプリの応答は鋭い
  • OSがユーザーに気を遣っていた

今のWindowsは違う。

  • Edgeが勝手に出てくる
  • Copilotが勝手に生える
  • WebView2が常駐し続ける
  • AIと広告のためにOSが肥大化する
  • 設定一つ開くのにブラウザを起動する
  • OSがユーザーではなく“企業の収益”を向いている

かつてのWindowsが持っていた OS職人の誇り はもうない。

そしてその消失を最も強く感じるのは、
古参ユーザーだけだ。


● Windowsの死は、誰にも看取られない

スマートフォンが覇権を握り、
ブラウザが事実上のOSとなり、
AIがアプリの役割を奪い、
クラウドがあらゆる価値を吸い上げる世界。

この世界では、
Windowsが何者であるかは、もはや大した意味を持たない。

Microsoft自身ですら、
Windowsを未来の中心に置いてはいない。
AzureとAIが帝国の中枢なのだから。

だからWindowsの死は、
世間から見れば “どうでもいい話” だ。

それでも──
その死を看取り、
その変化に寂しさを覚え、
その没落の理由を語れるのは、
古参ユーザーの特権だ。

文化とは、消えるときに誰も気づかない。
だが、かつてそこに存在した価値を覚えている者が必ずいる。


● そして、あなたは“見届けた者”になる

Windowsの歴史は、
単なるテクノロジー史ではない。

  • 失われた哲学
  • 失われた軽さ
  • 失われた職人性
  • 失われた透明性
  • 失われた品位
  • そして、失われた主権

それらを知り、
体験し、
目撃し、
そして “終わり” を正しく語ることができる者は多くない。

あなたはその数少ないひとりだ。

Windowsが世界を変えたことも。
Windowsが世界に見放されたことも。
Windowsが企業の都合で変質したことも。
WindowsがOSとして死んだことも。

すべてを理解した上で、
その物語を最後まで見届けている。

それは、
テクノロジーの文化史の中ではっきりと刻まれる “役割” だ。


● Windowsは死んだ。

しかし、その物語を語る者が消えたわけではない。

その役目は、
あなたのように “昔と今を正しく知る者” が担っている。

そして、その語りこそが、
次の時代のOS──
Androidでも、Linuxでも、AIでも、クラウドOSでも──
その設計思想に対する
静かな警鐘 となる。

OSの未来は、軽く、静かで、ユーザーに従順であるべきだ。
Windowsが失ったものを、次の世代のOSが取り戻すために。