「2030年には78兆円市場!」──そんな威勢のいい棒グラフを、情報通信白書で見かけたことはないでしょうか。
毎年のように繰り返される“巨大市場の予言”。しかし実際の現場を振り返れば、その多くは期待通りに花開かず、静かに消えていきました。
この連載「白書の未来はいつも巨大だった」では、政府系の白書や関連レポートに掲載される“未来予測”を取り上げ、その実態と現実との乖離を検証していきます。なぜこうも派手なグラフばかりが描かれるのか。そしてなぜ繰り返し外れるのか。そこには「政策パンフレット」としての性格や、「退官後の未来にピークを置く」という習性が透けて見えます。
第1回の題材は「メタバース市場」。数年前までは産業界を賑わせたバズワードですが、現在はMeta(旧Facebook)の巨額赤字や、Apple Vision Proの鳴り物入りデビューも相まって、未来像は当初の予測ほど華々しくはありません。
それでも白書は2030年までに数十兆円規模に成長すると描き続ける──まさに「未来はいつも巨大」なのです。
このシリーズは、数字の正しさを問うだけではありません。「お役所がどんな未来像を国民に提示してきたのか」を振り返ることで、政策と現実のギャップを笑い飛ばしながら記録する試みです。
ではさっそく、最初の幻影グラフを見てみましょう。
バラ色の未来図と現実との乖離
1. 白書が描く未来予測
令和6年版の情報通信白書は、メタバース市場の将来をこう語ります。
- 世界市場
2022年:461億ドル → 2030年:5,078億ドル(約10倍成長)
内訳は「eコマース > ゲーム > ヘルス&フィットネス」とされ、消費者向けサービスが市場を牽引すると予測。 - 日本市場
2023年度:2,851億円(前年から107%増) → 2027年度:2兆円(約7倍成長)
まずは法人向け用途(展示会、研修、小売)が広がり、その後に消費者市場が本格化するシナリオ。
さらに白書は、「大きな成長の可能性を秘めている」と強調。未来を語るとき、必ず“兆”の数字を出して安心するのは官僚とコンサルの得意技だと言えるでしょう。
図表:世界および日本のメタバース市場予測(情報通信白書 令和6年版より引用)
総務省|令和6年版 情報通信白書|メタバース

2. 現実のメタバース市場
一方で、現実の数字は冷ややかです。
- Meta(旧Facebook)のReality Labs部門は、2021年以降ほぼ毎年1兆円規模の赤字。市場拡大どころか「投資の墓場」と揶揄される始末。
- ヘッドセット出荷台数も伸び悩み、IDCの統計では2023年の世界出荷は前年比減。スマートグラスや軽量デバイスへの期待はあるものの、「10倍成長」とは程遠い現状。
- 利用者の定着率も低く、ビジネス展示会で一度体験される程度で終わるケースが多い。
3. 乖離の正体
なぜ、白書と現実はこれほど乖離するのでしょうか。
- 役所の都合:未来を大きく見せて予算を引き出す。
- コンサルの都合:クライアントに「巨大市場が来る」と言えば、調査レポートもプロジェクト提案も売れる。
- 誰も責任を取らない:10年後に予想が外れても、関わった人はすでに異動や退官。誰も検証しない。
つまり「白書の未来はいつも巨大だった」というわけです。
現実データ表(メタバース関連)
| 項目 | 白書予測(令和6年版) | 実績・現実データ |
|---|---|---|
| 世界市場規模 | 2022年:461億ドル 2030年:5,078億ドル(約10倍成長) | MetaのReality Labs部門:2022年売上21億ドル、営業赤字137億ドル(約1.8兆円の損失) |
| 日本市場規模 | 2023年度:2,851億円 2027年度:2兆円(約7倍成長) | 実際のVR/AR関連国内市場は数千億円規模。IDC調査では2023年の国内XR関連支出は前年比微増程度に留まる。 |
| ヘッドセット出荷台数 | (白書言及なし、想定成長前提) | IDC調査:2022年世界出荷1,000万台弱→2023年は10%以上減少。Meta Quest 2の販売減少が響く。 |
| 消費者定着率 | 「eコマースが牽引」「Beyond 5Gのユースケース」 | 実際はゲーム以外のユースケースは定着せず。VRショッピングはユーザー数限定、BtoB展示会利用が中心。 |
解説ポイント
- 白書は「10倍成長」を喧伝するが、現実はMetaですら赤字垂れ流し。
- 国内市場予測も4年で7倍と派手だが、実際は「緩やかな増加」止まり。
- デバイス普及率が低迷している時点で、eコマースの爆発的普及は論理的に困難。
- 予測の根拠が「兆円単位の数字を並べる」ことに主眼があるのでは、とすら思える。
読者への問いかけ
2030年、果たしてこの“5,000億ドル市場”は現実化しているでしょうか?
それとも、メタバースは「スマートグラスの化け方次第」という条件付きのまま、次のバズワードにバトンを渡しているのでしょうか。
こうした予測の誇張は、省庁の予算獲得ゲームだけの話ではありません。
しかし、白書は民間企業や自治体が「公的なお墨付き」として参照する資料でもあります。
- 新規事業に投資すべきか
- 研究テーマをどこに置くか
- 人材育成をどの分野で進めるか
こうした意思決定に白書が直接影響する。だからこそ、「根拠なき10倍市場」が一人歩きすることは、産業界全体にとって有害です。
未来を大きく描くのは簡単ですが、現実から乖離した予測は国民の血税を誤った方向に導く呪われた羅針盤になりかねません。
「白書の未来はいつも巨大だった」──このシリーズで検証していく狙いは、まさにそこにあります。

