「科学」を盾にする者たちが、もっとも非科学的であるという話

「科学」を盾にする者たちが、もっとも非科学的であるという話 TECH
「科学」を盾にする者たちが、もっとも非科学的であるという話

近年、「科学的に正しい」という言葉ほど、思考停止を招く免罪符はない。
本来、科学とは疑い続ける態度であり、暫定的な理解の積み重ねであるはずだ。ところが現実には、「科学」を掲げた瞬間に議論が終わる場面が増えている。

水力発電は下流の生態系を変える。
太陽光発電は設置された土壌を不可逆に破壊する。
風力発電は生態系や生活圏に影響を与える。

これらは、すでに多くの研究で知られている事実だ。
それにもかかわらず、「CO₂を出さない」「再生可能だ」という一点だけを強調し、他の影響を語らない態度が横行している。

これは科学ではない。
都合のいいデータだけを掲げ、都合の悪い現実を不可視化する行為だ。

特に滑稽なのは、「自分が知覚できないものは無害だ」と無意識に前提している点である。
臭わないから安全。
音がしないから問題ない。
すぐに死なないから影響は小さい。

これは科学的態度とは正反対だ。
科学とは、本来「見えないものほど疑え」と教える営みだったはずだからだ。

科学は価値判断をしない。
「何が起きるか」を示すだけで、「それでもやるべきか」を決めるのは社会と政治の役割だ。
にもかかわらず、「科学的だから正しい」「専門家が言っているから従え」と語るとき、科学は道具から権威へと変質する。

科学を信じることと、科学を盾にすることは違う。
前者は謙虚さを伴い、後者は思考停止を要求する。

環境を壊さない発電など存在しない。
存在するのは、「どこを、どの程度、誰の生活圏を壊すか」という選択だけだ。

その現実を正直に語れない者が「科学」を振り回すとき、
彼らは皮肉にも、もっとも科学的態度から遠い場所に立っている。