日本人が世界に残した「やさしい言語」── Ruby 4.0.0 と、まつもとゆきひろ

日本人が世界に残した「やさしい言語」── Ruby 4.0.0 と、まつもとゆきひろ TECH

── 日本人が世界に残した「やさしい言語」を祝う

2025年12月25日、Ruby 4.0.0 が正式にリリースされた。
Web開発の主役が移り変わる中でも、Ruby は終わらなかった。
この節目に、日本人プログラマ・まつもとゆきひろが世界に残した
「やさしい言語」という仕事を、改めて振り返る。

Ruby 4.0.0 リリース | Ruby
Ruby 4.0.0 が公開されました。Ruby 4.0 には “Ruby Box”、”ZJIT” ほか多数の改善が含まれています。

正直に言えば、Ruby on Rails はもう時流の中心にはいない。
Web開発の主戦場は変わり、フロントエンドもバックエンドも、
より高速で、より分散的で、より巨大なエコシステムに飲み込まれている。

それでも Ruby は終わらなかった。
そして、まつもとゆきひろ(Matz)は、去らなかった。

個人が作った言語が、世界標準になったという奇跡

Ruby は国家プロジェクトでも、巨大企業の産物でもない。
一人の日本人プログラマが「こうだったら嬉しい」という感覚から作った言語だ。

速さよりも、正しさよりも、
プログラマが書いていて楽しいかどうか

この思想は、当初は軽視された。
「遅い」「学術的でない」「エンタープライズ向きではない」。
そう言われ続けた。

それでも Ruby は広がった。
Rails が世界を席巻し、GitHub が生まれ、Shopify が支え、
“Ruby は思想だ”という評価が、静かに定着していった。

海外カンファレンスでの Matz の扱いは、
もはや「日本から来た珍しい開発者」ではない。
言語設計そのものを語る存在、
プログラミング文化を定義した人物として、尊敬されている。

日本人は、世界で戦えない?

── Ruby は、その問いへの静かな反論だった

日本のITは遅れている。
日本発の技術は世界で通用しない。
そんな言説は、何十年も繰り返されてきた。

だが Ruby は、言い訳をしなかった。
声高に誇ることもなかった。

ただ、世界中で使われ続けた。
結果として、反論そのものが不要になった

これはとても日本的な勝ち方だ。
主張ではなく、継続で示す。
競争ではなく、共存で広がる。

まつもとゆきひろは、
日本人が世界に出るときにありがちな
「過剰な英語力アピール」も
「文化的自己否定」も、しなかった。

自分の言葉で、自分の速度で、
ただ良いものを作り続けただけだ。

Ruby 4.0 が示すもの

── 終わらせないという決断

Ruby 4.0 には、派手な革命はない。
だが、終わらせないための決断が詰まっている。

ZJIT、Ractor、Ruby Box。
すべては「未来に続けるための基礎工事」だ。

いまのAIブーム、WebGPU、分散基盤、
そうした喧騒の中心に Ruby はいない。

それでも、
「人が書くコードとは何か」
「言語は誰のためにあるのか」
という問いに、Ruby は今も答え続けている。

これは流行ではない。
思想の持久戦だ。

いま、この節目を祝いたい理由

正直に言えば、
まつもとゆきひろを称える機会は、これから減っていくだろう。

技術の世界は若く、速く、残酷だ。
新しい言語、新しいスター、新しい神話が次々に現れる。

だからこそ、
Ruby 4.0 というこのタイミングで、
一度きちんと立ち止まりたい。

日本人として、
世界に通用する「やさしさ」を設計し、
20年以上それを守り抜いた仕事に対して。

これは懐古ではない。
敬意だ。

Ruby は、いまも生きている。
そしてその背後には、
一人の日本人の、途方もない継続がある。

Ruby 4.0.0 リリース、おめでとうございます。
この言葉を、胸を張って言える日本人がいることを、
私は誇りに思う。