AI時代の“心臓”は、もはやソフトではなくチップにある。
そしてその心臓を長らく支配してきたのが、英Armが設計するCPUアーキテクチャだ。
しかし、ライセンス料の高騰と地政学的リスクの拡大によって、
「Arm依存」は静かに“終わりの始まり”を迎えつつある。
2025年、LinuxカーネルがRISC-Vを正式サポート(Tier-1昇格)した。
それは、世界が“もうひとつのISA(命令セット)”を
現実的な選択肢として持った瞬間でもある。
ARM帝国の陰り
スマートフォンからサーバー、IoTデバイスまで、Armは事実上の標準だった。
だが、v9アーキテクチャ以降はライセンスモデルが複雑化し、
IP使用料は上昇傾向にある。Arm Holdingsの2025年度決算では、
ロイヤルティ収入が前年同期比23%増。これは単なる成長ではなく、
「依存のコスト」が確実に高まっていることを意味する。
中国や欧州のハードウェア企業にとって、
Armはもはや“安定した基盤”ではなく“高コストな足かせ”となりつつある。
自前アーキテクチャを模索する流れは、その延長線上にある。
中国がRISC-Vに賭ける理由
米中摩擦以降、中国は国家戦略として
“オープンISA”への転換を進めてきた。
RISC-Vは、特許や輸出規制の枠に縛られない数少ないアーキテクチャだ。
Alibaba傘下のT-Head、StarFive、Sipeedといった企業が
自社RISC-Vコアを開発し、教育用から産業用まで展開を広げている。
そして、Qwen 3のような軽量AIモデルの登場が
「ロースペックでも推論中心なら中華シリコンで回る」ことを証明しつつある。
高価なNVIDIA GPUやx64サーバーに頼らずとも、
エッジ側で生成AIを回す構想が現実味を帯びてきたのだ。
LinuxがRISC-Vを抱きしめた
Linuxカーネル6.5以降で、RISC-Vは正式にTier-1へ。
GCC/LLVM/glibcといった開発基盤も完全対応し、
Debian、Fedora、Archなど主要ディストリビューションが
RISC-Vビルドを公式提供する段階に至った。
これは単なる“移植”ではない。
LinuxがRISC-Vを“対等な仲間”として受け入れたことで、
世界中の開発者が「非ArmアーキテクチャでLinuxを動かす自由」を得た。
すなわち、ハードウェア主権の民主化が始まったのだ。
RISC-Vスマホが現れたら
Android on RISC-V はまだ試験段階にすぎない。
だが、翻訳・要約・音声応答といった軽量AIタスクでは
すでに十分な性能を発揮できるレベルにある。
もしLinuxカーネルとAndroidエミュレーション層が安定すれば、
RISC-Vスマホは“ローエンド市場の標準”として登場するだろう。
クラウドAIではなく、オンデバイスAIの時代。
チップの電力効率とオープン性こそが、
次のプラットフォーム競争の武器になる。
新しい地図 ― AIハードウェアの多極化
Arm、x64、そしてRISC-V。
この三つのISAが共存する時代は、
AIの地政学を大きく塗り替える。
米国は依然としてCUDA/GPUエコシステムを握るが、
中国はRISC-Vを軸に“制裁不能な開発圏”を形成しつつある。
そして欧州は、ASMLやNexperiaといった製造技術で
サプライチェーンを握る立場に立った。
AIチップ地図は、かつてないほど多極化している。
結語
RISC-Vはまだ若く、遅く、互換性の壁も多い。
だが、Linuxがその手を取った今、
世界は“AIを支配するISA”をひとつ失い、
“AIを共有するISA”をひとつ得た。
もしAIが自由を語るなら、
その言葉はRISC-Vの命令セットで書かれているかもしれない。

