クラウドは、もはや「便利なツール」ではない。
それは国家の神経系であり、情報という血液をどこに流すかを決める「主権装置」である。
欧州はついにその現実を直視した。
オーストリア経済省がNextcloudを採用した背景には、単なるIT刷新ではなく、「情報の支配権を取り戻す」という政治的覚悟がある。
一方の日本はいまも、米国クラウドの庇護のもとで「安全」だと信じている。
だが──その“安心”こそが最大の幻想だ。
もし自国の意志決定が、他国のサーバー上で監視・解析可能な状態にあるなら、
それはもはや独立国家とは呼べない。
ヒソヒソ話はオンプレでやれ。
この合言葉が、2025年以降の新しい文明的ルールになる。
“デジタル主権”という新しい安全保障
いま欧州で「デジタル主権(Digital Sovereignty)」という言葉が政治語になっている。
それは、クラウドの利便性を称える時代が終わり、“自国データをどこに置くか”が国家安全保障の一部になったことを意味する。
オーストリア経済省はついに、Nextcloudを中枢コラボレーション基盤として採用した。
理由は明快だ。
“非欧州のクラウドサービスに全面的に依存することは、法的・安全保障上の不確実性をもたらす。”
つまり、Microsoft 365やTeamsは“便利”ではあっても、“主権の外”にある。
欧州はそこに危機感を覚えている。
「バックドアを閉じろ」ではなく「鍵を握らせるな」
欧州委員会は、米国のCloud ActやPatriot Actを長らく警戒してきた。
これらの法律は、米国政府が自国企業を通じて外国のデータにアクセスできるという構造を孕んでいる。
たとえそれがEU加盟国のサーバーであっても、クラウド事業者の本社が米国なら、法的には“見られる可能性がある”。
だから欧州は言う。
「バックドアを閉じろ」ではなく「最初から鍵を握らせるな」。
Nextcloudの導入は、単なるオープンソース志向ではない。
それは、情報主権を奪還する政治的行動だ。
「ヒソヒソ話はオンプレでやれ」
米国政府機関は、トップシークレットの通信をTeamsやZoomでは行っていない。
彼らは専用の閉域ネットワーク(JWICS、SIPRNetなど)で意思決定を行う。
なのに、欧州や日本の官庁や企業が平然と商用クラウドで機密会議をしている──
情報戦の時代において、これはもはや“滑稽”である。
「ヒソヒソ話はオンプレでやれ」。
このスローガンは、単なる皮肉ではなく、主権国家の常識になりつつある。
Nextcloudが象徴する“自治の時代”
Nextcloudの本質は“反クラウド”ではない。
それは「クラウドを自分たちで動かす」という思想だ。
データは自国のサーバーに、法域は自国の中に、制御権は自分たちに。
欧州政府・自治体・大学がこぞって採用するのは、
“情報は資源であり、領土の一部”だという共通認識に立っているからだ。
日本編:デジタル植民地からの脱出
「便利だから」では済まされない現実
日本の行政・企業は、欧州以上に米国クラウドに依存している。
文書共有はMicrosoft 365、会議はTeams、メールはGoogle Workspace。
誰もが日常的に、国外法域のクラウドで機密を話している。
これを「便利だから」で済ませるのは、あまりに牧歌的だ。
日本は法的にも技術的にも、クラウド上の情報を完全に制御できていない。
つまり、データ主権が存在しない。
「お人好し体質」が生む構造的従属
日本人は“信用する文化”を美徳としてきた。
だが、国家間の情報管理に「信頼」は通用しない。
セキュリティは性善説ではなく、構造で担保すべきものだ。
欧州がNextcloudで示したのは、「信頼の証明を他国に委ねない」構造。
一方の日本は、海外クラウドに“信頼しているつもり”でデータを預け、
それを「国際標準に準じている」と言い張る。
この自己欺瞞こそが、デジタル植民地の温床だ。
失われた“オンプレの矜持”
かつて日本企業は、自前のサーバールームを誇りにしていた。
そこには、責任を自分で負うという文化があった。
しかし今や、障害が起きても「クラウド側の問題です」で片付けられる。
便利さの裏で、私たちは“責任の場所”まで外注してしまったのだ。
Nextcloudの思想は、この失われた矜持を呼び覚ます。
クラウドを拒むのではなく、自分のクラウドを持つ。
これが、次の時代の「技術者の倫理」である。
そして、「ヒソヒソ話」は戻ってくる
日本の行政や企業も、やがてこの現実を直視する時が来る。
海外クラウドに預けた情報が、ある日、外交カードとして使われる時に。
そのとき、初めて気づくだろう──
「ヒソヒソ話はオンプレでやるべきだった」と。
結び ─ 「自国サーバーで話せ」
Nextcloudが欧州に根を下ろしたのは、単なる技術選択ではない。
それは、文明の再定義だ。
データの主権をどこに置くかが、国の未来を決める。
ヒソヒソ話はオンプレでやれ。
データの主権は、サーバーの場所と管理者の国籍が決める。
──お人好しでは、主権は守れない。
参照


