ある求人票を見た。
AS400の運用保守経験必須。
DX推進プロジェクトに参画。
月給24万円〜。
令和の日本で、ここまで時空が歪んだ条件に出会うとは思わなかった。
DX、クラウド、デジタル変革――
そうした華々しい言葉と、30年以上前のレガシー資産が同じ行に並んでいる。
そして、そのレガシーを扱える希少な人材に提示された報酬は、
「新卒事務職より少し上」程度。
この求人は笑い話ではない。
むしろ、日本企業が抱える構造的な現実を示している。
「人手不足」ではなく、「条件不足」だ。
政府・メディア・企業のどれを見ても、同じ言葉が繰り返される。
「DX人材が足りない」
「エンジニアが採用できない」
「若手が来ない」
しかし、実態はこうだ。
人材がいないのではない。
“人材が来る条件になっていない”だけだ。
市場価値100のスキルに対し、
提示される待遇は50、場合によっては30。
その差分を、
「企業理念」
「挑戦できる環境」
「OJTと成長文化」
といった抽象ワードで埋めようとする。
だが残念ながら、求人者の胸には届かない。
給与と権限が提示されていない未来に希望を感じる人はそうはいない。
DXという言葉が、現実から逃げるための壁になっている。
多くのDX求人には、気になる傾向がある。
- 現状分析がされていない
- 課題と役割が曖昧
- 意思決定権者が現場にいない
- 成果責任だけは重い
つまり、
「DXが必要なのは分かっている。でも既存の仕組みは壊したくない。」
そんな矛盾が渦巻いている。
AS400、COBOL、Lotus Notes──
誰も触れられないが、止まったら会社が止まる。
それを維持できる人間は希少資源だ。
本来、待遇は市場が決める。
にもかかわらず、企業側はこう思っている。
「人手不足だから、誰か来るだろう。」
来ない。
その未来は10年前から確定している。
求められているのは、スキルではなく「自己犠牲」だ。
DX求人の多くは、美しく飾られている。
だが文面の裏側には、次のような意図が透けて見える。
「レガシーを理解しつつ、最新技術も調べて、
現場の理解も取り付け、改革を推進してほしい。
でも給与体系は総合職モデルのままで。」
それは“挑戦”ではない。
“無自覚な搾取”だ。
では、本当に足りないものは何か。
答えは簡単だ。
- 市場価値に見合った報酬
- 権限と意思決定の明文化
- 役割定義
- レガシー資産の評価
- 人材を「コスト」ではなく「資産」と扱う視点
これらが揃えば、人は来る。
揃っていないまま、DX人材を求めても無駄だ。
結論
日本に人材がいないのではない。
人材を迎える準備ができていない企業が多すぎるだけだ。
人手不足は幻想だ。
“来るはずのない条件で、待ち続けているだけ”である。
そして最後に、例の求人票を再掲しよう。
AS400運用保守・DX推進。
月給24万円〜。
──ここに、すべての問題が説明されている。
人材が不足しているのではない。誠実さが不足しているのだ。

