Diamond Edge 3Dは「実験」だった。しかし、RIVA128は「侵略」だった。
1997年。
3Dゲーム市場は、一気に「3Dカードの戦国時代」へ突入する。
- 3dfx(Voodoo Graphics)…ピュア3D専用、超高画質、だが2Dなし
- PowerVR(PCX2)…タイルベース遅延レンダリングの異端児
- Rendition(Vérité V1000)…Quake最適化で熱狂的ファンを持つ
- ATI / Matrox / S3…依然として「ビジネス用途/2D」に強い
当時のNVIDIAは 誰にも属せていなかった。
- 2D専用では埋もれる
- 3D専用では3dfxに勝てない
そこで、Jen-Hsun Huang は 真逆を選ぶ。
“両方”をやる。2Dも、3Dも、全部だ。
この決断は、狂気だった。
■ RIVA128 = “Revolutionary Integrated Visual Architecture”
RIVA128 の登場は、単なる「新製品発表」ではなく、市場の衝撃だった。
| 項目 | Voodoo (3dfx) | RIVA128 (NVIDIA) |
|---|---|---|
| 3D性能 | 高い(3D専用) | 高い(2D+3D統合) |
| 2D表示 | なし | ある(WIN95の全処理に対応) |
| AGP対応 | 遅れ | 初の本格的 AGP対応 |
| API | Glide(独自) | Direct3D + OpenGL(標準) |
「専用 vs 汎用」 の戦いで、NVIDIAは 時代の流れ(標準化) に賭けた。
AGP(新しい高速バス)に対応し、VRAM 4MBという当時では破格の仕様。
さらに、NVIDIAは 最初から DirectX の未来を信じていた。
■ すべてを変えたベンチマーク
当時の雑誌レビューで最初に出たフレーズは、いまでも象徴的だ。
「Voodooに匹敵する速度で、デスクトップも動かせる。」
Direct3Dが「重くて使いものにならない」と言われていた時代に、
RIVA128は “普通に動かしてしまった”。
- 3Dfx:超速い → だが特殊な世界
- RIVA:速い → 誰でも使える世界
これは、“GPUの民主化”の瞬間だった。
■ RIVA128 が NVIDIA に与えた 3つの勝利
- OEMを制圧
DELL・Gateway 2000・Compaq が採用
→ NVIDIA が 「標準の選択肢」 になった瞬間。 - DirectX 陣営の旗印になる
Microsoft が NVIDIA を“DirectXの旗手”と呼び始める。
→ ここで MS × NVIDIA の蜜月が始まる。 - 「性能 × 量産 × 価格」を同時に達成
→ 3dfxには出来なかった “スケール” を成し遂げる。
Jen-Hsun は、後にこう語っている。
「勝者は最高の性能ではなく、最高の供給能力を持つ者だ。」
これは、後の GeForce → CUDA → AI →世界制覇 の伏線である。
■ “化け物”への変身は、まだ終わりじゃない
RIVA128 は NVIDIA の 初めての「本気」 だった。
しかし、ほんとうのモンスターは次に来る。
TNT
TNT2
そして GeForce256──世界初のGPU
RIVA は、のちに続く 「GeForceの血族」 の始祖である。
Diamond Edge 3D で撒いた種は、RIVA128で芽を出し、
TNT で幹になり、
GeForceで 世界を飲み込む森になった。
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