GPUの歴史 ─第1章:CGA ─ 4色から始まったGPUの原点と創造力の歴史

第1章:CGA ─ 4色から始まったGPUの原点と創造力の歴史 TECH

■「GPU」はここから始まった

1981年、IBM PC に搭載された CGA(Color Graphics Adapter)
それは、後に GeForce や RTX と呼ばれる巨大な潮流の、最初の震源地だった。

だが現実は甘くない。

表示できる色は 4色。解像度は 320×200。

しかも、同時に使えるパレットは
シアン / マゼンタ / 白 / 黒 の固定。

“これでゲームを作れ?”
当時の開発者は笑ったかもしれない。だが、挑んだ。

その制約のなかで、世界は動き始めた。


■ CGA の “制約” は、創造力を爆発させた

CGA の仕様は残酷だ。

項目内容
最大解像度320×200 (4色) / 640×200 (2色)
同時表示色4色
VRAM16 KB

現代のGPUから見れば、
「画像表示機能付きの電卓」 みたいなもの。

しかし、CGAに触れた人たちは諦めなかった。

  • ドットを手で打つ
  • 色の組み合わせで影を演出する
  • 見えない線を見えるようにする

制約は、創造力を強制する。

この精神は後に、3Dfx、NVIDIA、ATI、そして RTX まで続く。


■ “アスキーアート” の延長線にあるグラフィックス

CGA の世界とは、文字からグラフィックスへの進化でもあった。

「テキスト画面に色がついた」
それが CGA だった。

現代のように“写真のようにリアルに描く”のではない。

当時は 「見えるようにする」 ことが革命だった。

  • まだGPUなど存在しない
  • CPUがすべての描画を担当する
  • そして苦しむ

CGAはその救済策として生まれた。

“描く” という行為を CPU から引き剥がした。

この分業こそが GPU の原点だ。


■ CGAはただの技術ではない

“GPUという概念が生まれた瞬間” である。

描画は、CPUがやることではない。

描画には、描画に特化した専用ハードウェアがいる。

この思想が 後のVGA → SVGA → 3dfx → GeForce へと繋がる。

  • CPU が “思考する”
  • GPU が “描画する”

この構図は CGA が生んだ発明 だ。


■ 文化的・商業的インパクト

観点インパクト
文化最初のDOSゲーム文化が生まれた
技術GPUという役割(CPUから描画を切り離す)が確立
商業“グラフィック性能が売上を決める” 時代の始まり

CGA は未熟だった。
しかし 「描画性能が競争軸になる」 という価値観を市場に植え付けた。

それが後に、
GPU戦争(NVIDIA vs. ATI vs. 3Dfx)
を引き起こす。


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