2026年2月、ほぼ同時期に二つのフラッグシップが更新された。OpenAI の GPT-5.3-Codex と、Anthropic の Claude Opus 4.6 だ。どちらも「最先端」を名乗るにふさわしいモデルだが、興味深いのは、その進化の向きがほとんど正反対に見えることだ。
一方はターミナル操作やエージェント的実行能力を強化し、「実際に手を動かす」方向へ。もう一方は百万トークン級のコンテキストを武器に、「考え続け、読み続ける」方向へ。これは単なる性能競争ではなく、Agentic AI をどういう存在にしたいのかという思想の分岐点に見える。
GPT-5.3-Codex が鍛えたもの
今回の GPT-5.3-Codex で象徴的なのは、いわゆる「ターミナル性能」の伸びだ。コードを書く、テストを走らせる、ファイルを編集する、コマンドを叩く。そうした実行系のタスクでの安定性と成功率が強く意識されている。
ベンチマークの数字はさておき、メッセージは明確だ。
「考えるAI」ではなく、「動かせるAI」に寄せている。
これは Agentic AI、つまり「タスクを任せて走らせるAI」を本気で実用化しにいくなら、かなり合理的な選択だ。現実の開発や運用の現場では、すべての仕様書を頭に入れている存在よりも、今この瞬間に“正しい一手”をミスなく打てることの方が価値を持つ。
・どのコマンドを打つか
・どのファイルを編集するか
・次に何を確認するか
この一手一手を外さないこと。GPT-5.3-Codex の進化は、そこに照準が合っているように見える。
Claude Opus 4.6 が広げたもの
対照的なのが Claude Opus 4.6 だ。こちらの目玉は、なんといっても巨大なコンテキストウィンドウ。大量のドキュメント、長大な議事録、分厚い仕様書、過去ログの山。それらを丸ごと抱え込んで、文脈を失わずに思考し続ける能力を前面に押し出している。
これは「知識労働の相棒」としてのAIを徹底的に磨く方向性だ。
読む、要約する、整理する、計画を立てる。思考と理解のスケールをひたすら拡張する路線。
同じ「エージェント」という言葉を使っていても、こちらは「長期計画を忘れずに抱え続ける参謀役」に近い。巨大なコンテキストは、言ってみれば超巨大な書斎をAIの頭の中に作るようなものだ。
分岐していく二つのAI像
ここが面白いところで、両者は同じゴールを目指していないように見える。
Claude は、
「とにかく全部読める、全部覚えていられる、長く考え続けられる」
という方向に進化している。
GPT-Codex は、
「全部は覚えていなくていい。その代わり、今やるべき操作を確実にやれ」
という方向に進化している。
どちらが正しい、という話ではない。役割が違うのだ。
現実のプロジェクトでも、
・全資料を把握して設計を描く人
・現場で手を動かし、コマンドを叩き、デプロイする人
この二つは同じ人物である必要はない。
AIも同じで、巨大な頭脳と確実に動く手足は、別々の進化を始めたように見える。
「オーケストレーター」に本当に必要なもの
ここで浮かび上がる問いがある。
Agentic AI、つまりタスクを束ねて実行する「オーケストレーター」に必要なのは何か。
巨大なコンテキストか。
それとも、ミスらない実行力か。
OpenAI の選択は、どう見ても後者だ。
すべてを記憶する司令塔ではなく、確実にワークフローを回し続ける実務執行官。
考えてみれば、これはかなり現実的な判断でもある。オーケストレーターは、すべての詳細を自分の頭に抱え込む必要はない。必要なときに参照し、次の一手を間違えずに打てればいい。重要なのは、止まらず、壊さず、確実に進めることだ。
ターミナル性能の強化は、その思想をはっきりと形にしたものに見える。
分業されていくAIの未来
今回の同時期リリースは、単なる偶然ではなく、AIの役割が分業されていく兆しのようにも見える。
・読むAI、考えるAI、抱え込むAI
・動かすAI、実行するAI、回し続けるAI
かつては「一つのモデルが全部できる」ことが理想とされた。でも現実のシステムは、たいてい役割分担したほうが強い。
Claude は「思考の書斎」を巨大化し、
GPT-Codex は「現場の手足」を鍛え始めた。
どちらが上か、ではなく、どちらをどこに使うかの時代に入りつつある。その分岐点が、たまたま今、はっきり見える形で現れただけなのかもしれない。
AIは、さらに賢くなる道と、さらに手が動く道に分かれて進み始めた。
2026年2月のこの二つのリリースは、その静かな分岐点を示しているように見える。

