未来を描いた男
「未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ」──アラン・ケイの名言です。
彼は未来を占う預言者ではなく、自らの手でその未来を設計しようとした研究者でした。
1968年、ケイは「Dynabook」という構想を発表します。
それは、厚さ数センチで片手に収まる“知識の本”でした。
当時のコンピュータは部屋を埋め尽くすほどの大きさで、冷却ファンの轟音と共にしか存在できませんでした。
そんな時代に「子供たちが手軽に持ち歩ける学習用のパーソナル端末」を真顔で語ったのです。
重要なのは、Dynabookは単なる“持ち運べるコンピュータ”ではなかったという点です。
ケイの関心は一貫して「教育」にありました。
大人の業務効率化よりも、子供たちが自由に触れて創造力を広げる道具──それこそが未来社会を作ると信じていたのです。
もちろん、当時の技術では夢物語にすぎません。
しかし「未来を発明する」という言葉どおり、このビジョンこそが後に世界を動かしていきます。
Alto(アルト) ─ 幻の原点
アラン・ケイが所属した Xerox PARC(パロアルト研究所)は、1970年代に「未来のオフィス」を具現化する実験場となりました。
その象徴が、1973年に誕生した Alto です。
Alto は、当時としては信じがたい特徴を備えていました。
モニタには白黒ながら縦型のディスプレイが搭載され、キーボードと並んで マウス が標準装備。
画面上には ウィンドウ が重なり、アイコン が並ぶ。
ユーザーはマウスでそれらを指し示し、直感的に操作できました。
さらに Alto は「ページ記述言語」を持ち、印刷物と同じ見た目で文書を編集できる WYSIWYG(What You See Is What You Get) を実現していました。
つまり、「パソコンの画面に映っているものがそのまま紙に出てくる」という今日では当たり前の体験を、1970年代にすでに手にしていたのです。
そして忘れてはならないのが Smalltalk。
Alto 上で開発されたこの言語は、オブジェクト指向プログラミングの基盤を築きました。
現代の Java や Python の思想にまで受け継がれる、その源流です。
しかし Alto は製品化されることはなく、研究者たちとごく一部の先進的なユーザーにしか触れられませんでした。
それでも、その設計思想はのちに世界を覆う「パーソナルコンピュータ文化」の種となったのです。
Star ─ 世界を変えそこねた巨人
1970年代に生まれた Alto の思想を、実際の製品として世に出そうとしたのが Xerox Star(1981) でした。
このマシンは、当時の常識からすれば桁違いの存在でした。
IBM PC が DOS の黒い画面に点滅するカーソルでデビューしたのと同じ年に、Star は 高解像度ディスプレイ(XGA相当) と 完全なGUIベースのOS を搭載していたのです。
そこにはデスクトップの比喩があり、アイコンをマウスでクリックし、ウィンドウを開き、文書を見たまま印刷することができました。
要するに、我々が「パソコンの当たり前」と信じている世界は、1981年の時点で Star の中にすでに完成していたのです。
しかし、問題は価格でした。
1台2万ドルを超える超高級機は、企業の一部しか導入できず、一般の市場にはまったく届きませんでした。
その結果、Star は「世界初の商用GUIマシン」という栄誉を持ちながらも、歴史に埋もれてしまいます。
皮肉にも、その思想をもっと安価に実現したのが Apple Lisa、そして Macintosh でした。
そして今日に至るまで「GUIの父=Macintosh」と語られることが多いのは、この歴史の逆転劇のためです。
Star は世界を変えることができなかった。
しかし、世界が進むべき方向を示す灯台のような役割を果たしたことは間違いありません。
Dynabookの復活
アラン・ケイが1968年に描いた「子供が片手で持ち歩く知識の本=Dynabook」。
その理想は、Alto や Star のような研究機や高級ワークステーションでは叶いませんでした。
なぜなら、どれほど先進的でも「誰もが持てる価格」と「生活に溶け込む携帯性」が伴わなかったからです。
それから40年後──2010年、Apple が iPad を発表しました。
軽量で、指先で直感的に操作でき、子供から高齢者までがすぐに使いこなせる端末。
インターネットを介して知識や学習コンテンツにアクセスできる姿は、Dynabook 構想の体現にほかなりませんでした。
ケイ自身も後年「iPad は Dynabook の理念に近い」と語っています。
ただし同時に、iPad が「消費者向けエンタメ端末」に偏っていることを残念がる一面もありました。
彼の理想はあくまで“教育と創造の道具”。
その意味では、まだ完全に Dynabook 構想が達成されたとは言えないのかもしれません。
とはいえ、iPad の普及によって「誰もが持ち歩ける知識の端末」が現実のものとなり、世界の教育・生活・仕事のあり方を変えたことは事実です。
1960年代のビジョンが、21世紀にようやく結実した瞬間でした。
次の時代を発明する者は誰か?
アラン・ケイは「未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ」と語りました。
彼は実際に、Dynabook 構想や Alto、Smalltalk を通じて未来を“発明”し、我々の生活を数十年先取りして形にしました。
しかし──彼の目にも映らなかった新たな時代があります。
それが、いま私たちが直面している 生成AIの時代 です。
AIが人間の言葉を理解し、画像を作り、動画を合成する。
Alto が切り開いた「人とコンピュータをつなぐ新しいインターフェース革命」が、AIによって再び起ころうとしています。
GUIの登場がコンピュータを“誰にでも使えるもの”にしたように、生成AIはコンピュータを“誰もが共創できる相棒”へと変えつつあるのです。
次の時代を発明するのは誰か?
それはもう「遠い研究所の天才」ではなく、世界中の私たち一人ひとりかもしれません。
アラン・ケイが蒔いた種は、半世紀を経て AI の土壌で新たな芽を出し始めています。
未来を作るのは、あなたの手の中の端末、そしてその隣に座るAIなのです。


