AIチップの話題が、ここ最近あらためて注目を集めている。
省電力、国産、エッジ、そしてNVIDIA一強への反動──背景はいくつもある。
2026年初に話題となっているプロジェクトがある。
Lenzo社 の CGLA。
ただ、この種の話題はしばしば
「どれが最強か」
「GPUを超えるのか」
といった分かりやすい物語に引き寄せられがちだ。
だが実際には、CUDA、TPU、CGLAは
競合製品というより、設計思想の異なる道具であり、
それぞれ得意な場所も、背負っている役割も違う。
この記事では、性能やプロセスルールの優劣ではなく、
「誰が最適化の苦労を引き受ける設計なのか」
という視点から、AIチップの設計思想を整理してみたい。
過度な期待を煽るためではない。
むしろ、冷静に理解するための話だ。
第1章|なぜ今、AIチップの話題がここまで盛り上がっているのか
最近、日本でAIチップの話題がやけに熱を帯びている。
背景にあるのは、いくつかの要素が同時に重なっているからだ。
ひとつは、長く続いた NVIDIA一強 への反動。
もうひとつは、「国産」「28nm」「省電力」といった、耳ざわりの良いキーワードだ。
そこに
AIはこれから社会インフラになる
電力が限界に来ている
といった大きな文脈が重なり、話はどうしても期待先行になりやすい。
だが、ここで一度立ち止まっておきたい。
この話題は
「どのチップが一番速いか」
「GPUを超えるのか」
という勝ち負けの話ではない。
本当に整理すべきなのは、もっと地味なポイントだ。
それぞれのAIチップは、
「誰が最適化の苦労を引き受ける設計なのか」
という思想が違う。
この違いを見ないまま性能表やnmの数字だけを追うと、
どうしても過大な期待や誤解が生まれる。
この記事では、
CUDA、TPU、そしてCGLA系の設計を
技術の細部ではなく「考え方の違い」として整理していく。
夢を煽るためではない。
むしろ、冷静に理解するためだ。
第2章|CUDAという「全部メーカーが面倒を見る設計」
現在のAI開発で、事実上の標準になっているのがCUDAだ。
多くの人にとって、AIチップ=GPU=CUDAという認識だろう。
CUDAの最大の特徴は、自由度の高さにある。
- PyTorchで普通に書ける
- 動的な処理も気にしなくていい
- メモリ配置や並列実行を意識しなくていい
多少コードが雑でも、
多少ムダがあっても、
「とりあえず動く」。
これは偶然ではない。
CUDAの設計思想は、はっきりしている。
最適化の苦労は、すべてメーカー側が引き受ける
ユーザーはやりたいことを書くだけ。
その裏で、膨大なソフトウェア資産が動いている。
- コンパイラ
- ランタイム
- ライブラリ
- ドキュメント
- サンプル
- フォーラム
これらが一体になって、
「人間の書き方」を最大限尊重する。
その結果として、
- 何でも動く
- 研究用途にも強い
- 新しいモデルもすぐ試せる
という環境が成立している。
もちろん、代償もある。
- チップは高価
- 電力消費も大きい
- ソフトウェア開発コストは莫大
だが、それでもCUDAが使われ続けているのは理由がある。
面倒を見てくれる計算機は、強い。
多少高くても、
多少電力を食っても、
「考えなくていい」ことの価値は非常に大きい。
この“全部入り”の思想が、
後に出てくるTPUやCGLAとの違いを際立たせる。
第3章|TPUとXLA──書き方は変えず、意味を翻訳する設計
CUDAと並んで、もう一つの大きな流れがTPUだ。
ここで重要なのは、TPUを「GPUの対抗馬」として見ないこと。
TPUの本質は、ハードよりも
XLAという翻訳装置にある。
TPUはこういう立場を取っている。
- 人間の書き方は変えさせない
- 既存のフレームワークを使わせる
- ただし、中では別の計算モデルに変換する
つまり、
コードはそのまま、意味だけを読み替える
という設計だ。
CUDAが
「どんな書き方でも、実行時にねじ伏せる」
設計だとすれば、
TPUは
「一度、きれいな形に翻訳してから走らせる」
設計と言える。
この役割を担っているのがXLAだ。
XLAは、
- 計算グラフをまとめて受け取り
- 演算の順序を組み替え
- メモリ配置や融合を決め
- TPU向けに最適な形に再構成する
という、かなり踏み込んだ仕事をしている。
一般向けに言えば、
裏で“別の計算機用の言語”に翻訳されている
と考えると分かりやすい。
TPUの強さと弱さ
この思想には、はっきりした特徴がある。
強い点は、
- 学習も推論も視野に入る
- 大規模なワークロードに対応できる
- プラットフォーム全体で最適化できる
一方で、
- 挙動が見えにくい
- ブラックボックス感が強い
- 思った通りの性能が出ないこともある
つまりTPUは、
個人が使いこなす道具というより、
プラットフォームとして完成している計算機
だ。
Google自身が使い、
Google自身が面倒を見る。
この前提があって初めて成立する設計でもある。
CUDAが
「人間の自由を最大化する設計」
だとすれば、
TPUは
「人間の書き方は守りつつ、
計算の意味を再定義する設計」。
この違いが、次に出てくるCGLAとの距離感をはっきりさせる。
第4章|Groqという「割り切りの設計」
ここで一度、少しだけ脇道にそれる。
CUDAやTPUとは違うが、この話題を冷静に整理するうえで
ちょうどいい比較対象がある。
それが Groq だ。
Groqは、よく「高速なAIチップ」として紹介される。
だが本質は、速度そのものではない。
Groqが選んだのは、最初から範囲を限定する設計だった。
- 何でも動かそうとしない
- 動的な処理は前提にしない
- 静的に決まる計算だけを対象にする
その代わり、
- 実行は決定論的
- レイテンシは極端に低い
- 電力効率も読みやすい
という、非常に分かりやすい性格を持つ。
エコシステムを壊さなかった理由
Groqが興味深いのは、
既存のエコシステムと正面衝突しなかった点だ。
- CUDA互換を名乗らない
- GPUの代替を目指さない
- 「何でもできます」と言わない
その代わり、
「この条件に当てはまる計算なら、非常に速い」
と、はっきり線を引いた。
この姿勢のおかげで、
- PyTorch文化を壊さず
- NVIDIAと全面対決せず
- 役割が明確なまま存在できている
つまりGroqは、
エコシステムを広げようとせず、
エコシステムの“隙間”に収まった
存在だと言える。
なぜこの話を挟むのか
Groqを持ち出した理由は単純だ。
AIチップの世界では、
- 万能を目指す設計
- 割り切って用途を絞る設計
のどちらも、成立しうる。
そして後者でも、
きちんとした価値を出せる例が、すでに存在している。
これは次に見るCGLA系の理解を助ける。
万能でない=失敗ではない
自由度が高い=誰でも使えるでもない
この前提を共有したうえで、
いよいよ本題に入ろう。
第5章|CGLAという「自由度を使う側に返す設計」
CGLA(IMAX系を含む)の話題が、いま日本で特に注目されている理由は分かりやすい。
- 28nm
- 高いエネルギー効率
- 国産文脈
- エッジ向け
ただし、ここで一度、期待を整理しておきたい。
CGLAの設計思想は、CUDAやTPUとは根本的に違う。
それは、
自由度の代わりに、責任を返す
という考え方だ。
CGLAは「何でもやってくれる」設計ではない
CGLA系は、
- 書き方の自由度が高い
- データフローを素直に表現できる
- メモリ移動を極端に減らせる
といった、計算機屋から見ると魅力的な特徴を持つ。
だが同時に、
- 向き・不向きがはっきりしている
- ハマらない用途では普通
- 自動で最適化してくれるわけではない
という性格も併せ持つ。
一般向けに言い換えるなら、
丁寧に使えば、驚くほど省エネ
雑に使えば、普通の計算機
だ。
なぜエコシステムが課題になるのか
技術者がよく口にする
「エコシステムがネックになる」という言葉は、
CGLAでは特に重要になる。
理由は単純だ。
- CUDA:メーカーが面倒を見る
- TPU:プラットフォームが面倒を見る
- CGLA:使う側が面倒を見る
この設計では、
- コンパイラがすべてを解決するわけではない
- 最適な使い方を理解する必要がある
- 適用範囲を見極める目が求められる
これは欠点ではない。
最初からそういう思想なのだ。
「使え、だが考えろ」という計算機
CGLAは、ある意味で昔ながらの計算機に近い。
- 魔法は起きない
- 代わりに、嘘もつかない
- 条件が合えば、きちんと成果が出る
だから、
使った人は強い成果を出す
使わなかった人には何も起きない
という、少し不公平な性格を持つ。
ここを「夢のチップ」と誤解すると、話がズレる。

第6章|エッジという前提を忘れない
CGLAの設計を理解するうえで、
もう一つ欠かせない前提がある。
それが エッジデバイス だ。
エッジでは、優先順位が逆転する。
- データセンター:速度 → 電力
- エッジ:電力 → 速度
この世界では、
- 1W増えるだけで使えなくなる
- 発熱が設計を縛る
- 常時稼働が前提になる
だから、
- 最高性能
- 最新プロセス
- 圧倒的なスループット
は、必ずしも正解ではない。
28nmが意味を持つ理由
28nmという数字も、
この文脈に置くと自然に見えてくる。
- 枯れていて安定している
- 電圧マージンが取りやすい
- アナログが素直
- 供給が読める
エッジ用途では、
「作れる」「止まらない」「読める」ことが価値になる。
CGLAは、その前提に正直だ。
次につながる視点
ここまで見てくると、
CGLAは「GPUの代替」ではないことがはっきりする。
- データセンターの覇権を狙う話ではない
- 万能計算機を作る話でもない
これは、
電力が制約になる用途のための、現実的な選択肢
だ。
終章|これは「新技術」ではない。だが、いま意味を持ち始めた
ここまで読んで、「CGLAは新しい発想なのか?」と感じた人もいるかもしれない。
だが実は、この考え方自体は決して新しくない。
Coarse Grained Reconfigurable Array(CGRA)、
そしてリニアアレイ型のCGLAという設計は、
少なくとも 2010年代には学術的に整理されていた。
2019年には、
中島 康彦 氏(奈良先端大)によって、
CGLAにおけるコンパイル時間やチューニングの現実的な課題と、
それに対する割り切り方が明確に論じられている。
当時すでに指摘されていたのは、次の点だ。
- 半導体の微細化による省電力・低コスト化には限界がある
- ノイマン型計算機を置き換えるのではなく、補完する計算基盤が必要
- 自由度を上げすぎると、コンパイルが破綻する
- だからこそ、構造を単純化したCGLAに意味がある
つまり、
CGLAは「夢の新技術」ではなく、
限界を見越した“地味な現実解”として、
かなり前から準備されていた
ということになる。
なぜ今になって、再び注目されているのか
ではなぜ、いまこの話題が浮上しているのか。
理由は技術そのものではない。
- 電力が速度よりも先に制約になる場面が増えた
- エッジデバイスが「常時稼働」を求められるようになった
- データ移動が計算そのものより支配的になった
- 先端プロセスが万能解ではなくなった
使われる条件のほうが、ようやく追いついたのだ。
CGLAが再評価されているのは、
性能競争で勝ったからではない。
「そういう計算機が必要になる場面」が、現実に増えたからだ。
過度な期待を持たなくていい理由
だから、この話をこう受け取るのがいちばん健全だ。
- CGLAはGPUの代替ではない
- データセンターの主役になる話でもない
- 誰でも簡単に使える魔法のチップでもない
その代わり、
電力が先に制約になる用途では、
非常に正直で、堅実な選択肢
である。
「使えば必ず速くなる」ではない。
「考えて使えば、ちゃんと結果が返ってくる」。
その距離感は、
実はかなり日本的でもある。
最後に
CGLAは新しいから注目されているのではない。
古くから分かっていたことが、ようやく現実になっただけだ。
夢を語るには地味すぎる。
だが、長く使う道具としては悪くない。
この話題を追うときは、
そんな冷静さを忘れないでいたい。



