Intelは何をしていたのか──制裁企業の装置を試験した「米中テック戦争の穴」

Intelは何をしていたのか──制裁企業の装置を試験した「米中テック戦争の穴」 TECH
Intelは何をしていたのか──制裁企業の装置を試験した「米中テック戦争の穴」

はじめに──“Intelが触った装置”が騒ぎになった理由

2025年12月、Reuters は興味深い報道を流した。
Intel が、制裁対象となった企業の関連装置を最先端プロセス向けに試験していた。

問題の企業は ACM Research。
本社はカリフォルニアだが、主要拠点である上海・韓国の子会社が、昨年米国輸出規制リストに載った。
「中国の軍民融合に加担した疑い」「先端製造技術を中国政府に供与した疑い」による。

この報道を受け、対中強硬派の議員らは安全保障上の懸念を示し、
「CHIPS Act の補助金を受けながら中国系装置を試すのは矛盾だ」と Intel を批判した。

しかし、ここには二つの誤解が存在する。

  1. 技術的には、Intelが“テスト”すること自体は不自然ではない
  2. 半導体装置の世界は、本社所在地と装置の“実態”が一致しない

この事件は、米中デカップリングの限界を示す象徴的な事例と言える。


ACM Researchとは何者か:米国企業なのに“制裁の渦中”にいる理由

ACM Research は、半導体洗浄装置で急成長したメーカーだ。
フォトリソ工程前後の洗浄、パーティクル除去、エッチング補助──
先端プロセスにおける“歩留まりの生命線”を握るカテゴリーで存在感を強めてきた。

・設立:米・カリフォルニア州 Fremont
・実態:上海に最大規模の生産・開発拠点
・市場:売上の大半が中国

この“二重性”こそが、今回の騒動の原因だ。

2024年、米商務省は ACM の 上海子会社(ACM Research Shanghai)
韓国子会社(ACM Research Korea) をエンティティリストに追加した。

名目上は“米国企業”であっても、
装置の実態は中国系──という構図が浮かび上がったことで、
政治的にも扱いが難しくなった。

ACM 本社は「国家安全保障上の脅威ではない」「輸出規制を遵守している」と強調するが、
議会側は「中国政府の技術吸収経路になっている」と警戒を強めている。


Intelが試験したのは何の装置か?──最先端プロセス向け洗浄システム

Reuters の報道では、Intel が 最先端プロセス向けの ACM 製洗浄装置をテストした とされている。

ポイントはここだ。

洗浄装置=先端半導体の“歩留まりの心臓部”

  • リソグラフィ後にパターンをきれいに保つ
  • 欠陥(パーティクル)を除去
  • 原子層デポ後の薄膜調整
  • 絶縁膜の汚染除去

特に 5nm 以下の領域では、1個の塵の存在でチップが全滅する
つまり、洗浄装置は EUV ライトと同じくらい重要な“歩留まり装置”なのだ。

Intelがテストした理由として、技術的には自然だ。

  • 歩留まり向上効果
  • コスト
  • 他社装置との比較
  • 代替調査(benchmarking)

しかし、政治の領域ではそうはいかない。

なぜ Intel が「テストしただけ」で騒ぎになるのか?

答えは単純だ。

CHIPS Act の補助金= Intel は“完全な米国製サプライチェーン”を求められているからだ。


輸出規制の“抜け道”として存在する、本社と子会社の法的グレーゾーン

ACM Research は形式上「米国企業」だ。
だから本社経由で購入する装置は、
エンティティリストの影響を直接受けない可能性がある。

だが、装置の実態はどうか?

  • 部品の多くが上海製
  • サプライチェーンは中国子会社に強く依存
  • 装置の知的財産も上海側が関与

この構造は、米国議会には “抜け穴” に見える。

米国側の懸念はこうだ:

「Intel が ACM 製品を採用したら、中国企業を間接的に支援することになるのでは?」

法的にはクリアでも、政治的にはアウトに近い。

CHIPS Act の文言は曖昧だが、意図としては
「できる限り中国技術を排除せよ」という空気が支配している。

Intel はその空気の中で“性能テスト”をした。

それだけで騒ぎになる。


CHIPS Act の論理とIntelの現実──完全国産化は幻想だった

米国政府は、Intel や TSMC に莫大な補助金を投入し、
「対中依存ゼロのサプライチェーン」 を目指している。

しかし、現場を知る者なら誰でもこう言う。

「そんなものは不可能だ。」

理由は三つある。

① 半導体装置は“多国籍製造物”である

1台の洗浄装置を例にすると:

  • 化学薬液は日米欧中混在
  • ウエットベンチは台湾製
  • センサーはドイツ
  • モーション制御は日本
  • ヒーターは中国
  • 組み立ては韓国 or 上海

国籍の純粋性など存在しない。

② Intel は性能で遅れをとっている

そのため、あらゆる装置を比較検証し、歩留まり改善の“微々たる差”を求める。

性能が1%上がれば
工場の年間利益が数十億ドル変わる世界だ。

③ 完全な米国製サプライチェーンはまだ揃っていない

  • EUV:ASML(オランダ)依存
  • ケミカル:日本依存
  • ウェット装置:米国メーカーは限定的
  • CMP:日本・アメリカ・イスラエル
  • スパッタ:日米韓混成

米国単独ではラインが完成しない。

ゆえに Intel は「性能比較のためのテスト」を続けざるを得ない。


中国半導体はどう見る?──“Intelがテストした”という事実の重み

このニュースは、中国国内では間違いなくこう報じられるだろう。

「国産装置が Intel から評価を受けた!」

現実には、

  • 本採用ではない
  • 比較テストの一環
  • エンティティリストの対象は子会社側

という注釈が必要だが、
“Intel の先端ラインに足を踏み入れた” という事実は大きい。

中国装置メーカーが最も欲しがるのは“認証”だ。
国家補助金を得るため、実績を作るため、自信を得るため。

今回のニュースは、中国側にとって宣伝材料になる。


本質的な問題:先端装置はすでに“多国籍製造物”であり、国家境界が消えつつある

今回のIntel事件が示す本質はこれだ。

半導体装置はもはや国家単位で区切れない。
政治は壁を作ろうとするが、技術はその壁をすり抜ける。

EUV露光機は 457,000 個の部品で構成されるが、
その部品の供給元は数十カ国にまたがる。

洗浄装置も同じだ。

世界のサプライチェーンは絡み合い、混じり合い、
「米国製」「中国製」という二元論は意味を失いつつある。

デカップリングという言葉は強いが、
部品のレベルでは、もう切り離せないほど複雑に絡んでいる。

その矛盾が今回の事件で顕在化した。


まとめ──Intel事件は、米中テック戦争の「次のステージ」を示している

  • Intelは制裁対象企業の関連装置を“比較テスト”した
  • 技術的には自然、政治的には爆弾
  • 米国の“完全な非中国サプライチェーン”構想は幻想
  • 半導体装置の多国籍性が矛盾を噴出させている
  • 中国側は「Intelが評価した」と宣伝に使うだろう

Intel の行動自体は問題ではない。
むしろ、米国が抱える不整合が表面化しただけだ。

米中半導体戦争は、制裁と補助金の段階を超え、
サプライチェーンの構造矛盾そのものを巡る争いに入りつつある。

Intel事件は、その“予兆”だ。

参照

reuters.com