■ 4色→256色、視界が広がった
「色が増える」
今の時代に聞けば、何の変哲もないアップデートに聞こえるだろう。
しかし当時の開発者にとって、それは「世界が変わる」という意味だった。
1987年、IBMが VGA (Video Graphics Array) を発表。
320×200 / 256色
(そして 640×480 / 16色)
CGAの 4色から — 256色へ。
4色で “工夫する” 時代は終わった。
色を使って “世界を描ける” 時代に入った。
CGAは「耐える」だった。
VGAは「描ける」だった。
─── コラム:なぜ4色パレットなのか?
CGA の 4色パレットは、印刷の CMYK を意識したわけではない。
理由は 回路が安く済むから。
CGA の信号方式は RGBI(Red, Green, Blue, Intensity)。
3bitのカラーに 輝度(Intensity) を足しただけで 8色が得られる仕組み。
R(赤) 0/1
G(緑) 0/1
B(青) 0/1
I(明るさ)0/1
RGB がすべて OFF → 黒
RGB が ON + 明度 → 白
R=0 / G=1 / B=1 → シアン
R=1 / G=0 / B=1 → マゼンタ
追加のパレット回路が不要で、最小コストでカラーが出せた。
視覚化するとこうなる。
RGBI(R G B + Intensity)の色見本
左が Intensity = 0(標準8色)、右が Intensity = 1(明るい8色)。
ビット表記は R G B I の順です(例: 0 1 1 0 = G+B)。
0 0 0 00 0 1 00 1 0 00 1 1 01 0 0 01 0 1 01 1 0 01 1 1 00 0 0 10 0 1 10 1 0 10 1 1 11 0 0 11 0 1 11 1 0 11 1 1 1※ 実際の CGA・VGA の色はモニタや実装によって差が出ます。ここでは「RGBI の仕組み」を視覚的に示すために、 代表的な復刻パレット寄りの近似色を使っています。
CGA は “4色しか使えない” のではない。
“16色持っているのに、同時に4色しか出せない” のだ。
CGA は「4色で 耐える 時代」だった。
EGA は「64色から16色を 選ぶ 時代」だった。色は 与えられるもの から
選ぶもの へ変わった。
■ VGAはただの規格ではない
初めて、グラフィックスが “感情” を持った瞬間だ。
- 海は青く、
- 空はグラデーションし、
- 顔は「表情」を持った。
- VGA が生んだのは 「色」ではなく、「感情」だった。
人は初めて、
「ゲームで感動する」 体験を手にした。
視覚が持つ感情の力に、世界が気づいた。
CGA は「制約」。
VGA は「解放」。
■ VGAとDOSゲーム文化
VGAが世界に解き放ったのは、単なる解像度ではない。
「同人ゲーム」「インディーゲーム」の最初の条件が整った。
| 年 | タイトル / 出来事 | VGAの意味 |
|---|---|---|
| 1989 | Prince of Persia | rotoscoping(実写を元にしたアニメーション)を実現 |
| 1990 | Commander Keen | VGA×プラットフォーマー文化 |
| 1992 | Wolfenstein 3D | FPSの始まり。「3Dが家庭に降りた」 |
VGA は、ゲームをビジネスに変えた。
CGAは「作る人」中心の世界だった。
VGAは「遊ぶ人」に主導権を渡した。
■ SVGA ─ “写真に近づいた” と人が感じた日
1990年代に入ると、第三勢力が動き出す。
SVGA(Super VGA)
VESA(サードパーティの連合体)が IBM に頼らず独自規格を作り、
最大 1024×768 / 16bitカラー を実現。
ここで初めて “リアルに近い色” を再現できる。
- 肌のグラデーション
- 風景のディテール
- UIの陰影表現
「写真っぽい」と思った瞬間こそ、人が技術を信じる瞬間だ。
SVGAはそれを成し遂げた。
■ VGAとSVGAが生んだもの ─ マルチメディアの爆発
CD-ROM の普及
そして 「動画」「画像」「ゲーム」の統合
マルチメディア という言葉が生まれたのはここだ。
広告、雑誌、PCショップでのキャッチコピー。
「マルチメディア対応」
この時期、GPUは売るための武器になった。
- 色数で戦う時代から、
- 体験価値 で戦う時代へ。
■ 技術的意義(短く、鋭く)
| 観点 | VGAの意義 |
|---|---|
| 役割 | 「色」の時代の幕開け |
| 技術 | VESA BIOSで標準化 → 互換カード市場が爆発 |
| 文化 | ゲームとマルチメディア産業が成立 |
| 商業 | 「GPU=売上ドライバー」へ変わる |
■ 次の章へ
VGA/SVGAが道を作った。
標準化 → 競争 → 独自アーキテクチャ
そして、1990年代前半。
NVIDIA、ATI、3Dfx が動き始める。
▶ 次の章へ進む: 第3章 “名刺”ではなく、本物の宣戦布告:RIVA128 の衝撃

