もしも、標準化団体が審議を重ねて答えを出すより前に、AIが世界の実装を先に決めてしまう未来が来るとしたら──。
かつて映像圧縮技術は、MPEGという国際標準化プロセスを通じて、H.264やH.265のような「秩序ある進化」を歩んできた。しかし今、GoogleはAV1・AV2をYouTubeやAndroidといった巨大な実動プラットフォームに直接流し込み、事実上の“規格の決定権”を加速的に奪いつつある。そしてそのさらに外側で、RunwayやStable Diffusion、SVDに代表されるAI動画生成系が、そもそも「圧縮規格」という概念自体を無効化しうる兆しを見せ始めている。
もはや戦いは、H.266 vs AV2といった単純な性能比較では終わらない。標準化・プラットフォーム・AIの三層構造が、映像を支配する原理そのものを書き換え始めているのだ。
第1章 「規格を決めるのは誰か」が入れ替わった瞬間
かつて映像圧縮の進化は、国際標準化機関MPEGが主導していた。H.264(AVC)やH.265(HEVC)は、膨大な知財と特許料収入を前提に設計され、数年単位で交渉と合意形成を重ねながら普及していく「時間のかかる秩序」だった。そこには技術だけでなく、特許プールや放送・映画業界の利害を含む“政治”が明確に存在していた。
しかし状況が決定的に変わったのは、Googleが 「標準化を待たない」 という手段に出たときだ。
AV1はMPEGの正式承認を経ずとも YouTube・Chrome・Androidに直接投入された。この時点で、規格は「合意」ではなく「実装で決まる」領域へと変質した。さらにMeta、Microsoft、AmazonらもAOMediaに参加し、「特許料ゼロで世界のトラフィックを握る」という新ルールを提示した瞬間、MPEGは 交渉を終える前にゲームを終わらされる側 に立たされたのである。
AV2は、その路線をさらに加速させる存在として開発中だ。
H.266との性能比較ではなく、「誰が最初に“世界規模で既成事実化”できるか」が勝敗を分ける。もはや映像圧縮は、技術スペックの優劣ではなく 「政治的な占拠速度」 の戦争になった。
第2章 AV2とH.266──「性能比較」ではなく「構造比較」の時代へ
AV2は「AV1の正統進化版」ではない。GoogleはAV2を、マルチモーダルAIや3D/XRを含む「ポスト動画世代」のユースケースを前提に設計している。映像を圧縮する技術というよりも、“AIが生成する世界を効率よく伝送するためのプラットフォーム”として再定義し直しているのだ。
一方、H.266(VVC)は、MPEGが従来と同じ枠組みで策定した「次世代コーデック」である。H.265の約半分のビットレートで同等品質を実現することが主眼であり、その理屈は明快だが、依然として膨大な特許構造・ライセンス料を前提としている。つまりH.266は「現行のインターネット映像配信・放送の延長線」を見据えており、その未来像自体は過去の正統進化の延長にある。
構造の差は明確だ。
- AV2:AI×プラットフォーム一体型/特許フリー/“実装とデータで押し切る”方向性
- H.266:放送・映像産業の延長/特許収益モデル依存/“国際標準で合意を得る”方向性
もはや戦っている次元が違う。AV2は「標準を作る」のではなく「標準として振る舞って既成事実にする」側、H.266は「標準策定を通じて未来を統治する」側。
言い換えれば、H.266が「議会政治」なら、AV2は「軍事による実行支配」だ。
第3章 AI動画生成は「圧縮すら前提にしない」という脅威
Runway、Stable Video Diffusion、HyperSD、Lumiere──
2024年以降に登場してきたAI動画生成は、「入力映像を圧縮して伝送する技術」ではなく
“映像をゼロから生成してしまう”という発想に踏み込んだ 点で従来の文脈と根本的に異なる。
たとえばLumiereは「テキストから直接、1秒間にフレーム単位で未来予測的に映像を生成する」アプローチを採っており、
外部からの映像ソースや圧縮ストリームに依存しない。その極端な行き着く先は、
生成された世界を生成AIが直接“継続的にレンダリングし続ける”だけの世界である。
この構造において重要なのは、
「映像データを圧縮して送る」のではなく「映像そのものを送らず、生成条件だけを共有する」
という転換が始まっていることだ。
となれば、AV2やH.266が戦っている土俵は、
「映像という成果物を圧縮して送る」という20世紀的前提に依存したものだと言える。
AIにとっては、圧縮すら“過去の前提”になりかねないという構造的脅威こそが、本質である。
第4章 「標準」ではなく「重力圏」──支配原理が変わる瞬間
AV2とH.266の対立構造を表面的な“次世代コーデック争い”として理解するのは容易い。しかし、その実態は「誰が世界の映像インフラの“重力中心”を握るか」という、より深い支配構造の戦いである。
H.266を推進するMPEGは、法制度・国際合意・特許プールといった「上から決める支配モデル」を前提にしている。一方でAV2は、YouTube・Chrome・Androidといった「実装によって下から飲み込む支配モデル」で覇権を取りに行く。もはやここには、両者の思想そのものに決定的な断絶がある。
そしてAI生成動画は、そのさらに外側から 「映像配信という行為そのものを再定義し直す」 方向に動き始めている。圧縮・伝送・再生という三層構造そのものが、生成AIの「動的レンダリング」に飲み込まれる可能性があるからだ。
次の覇権の重力圏は、もはや「規格」や「技術仕様」ではない。
「AIが映像をどう理解し、どう生成するのか」という思考様式の中に移りつつあるのだ。
結章 映像は「圧縮」から「生成」へ──コーデックの意味が変わる未来
AV2とH.266の覇権争いは、確かに「次世代映像圧縮」の主導権をめぐる最前線である。しかしその背後では、映像という概念そのものが静かに変容を始めている。H.266は「圧縮効率をいかに高めるか」という問題を解き、AV2は「圧倒的な実装速度で世界標準を実効支配する」方向で戦っている。だがAI動画生成は、その両者を横から迂回し、「そもそも動画を作って送るという概念自体を再発明する」という、第三の解答を提示しつつある。
つまり、映像技術の未来は「どのコーデックが勝つか」ではなく、
「そもそも“コーデックとは何か”という問い自体が、AIによって上書きされる」方向に向かい始めているのだ。
圧縮の進化としてのH.266、既成事実としてのAV2。
そして、圧縮という発想すら過去に追いやりかねない生成AI。
この三者の競争は、技術性能の優劣ではなく「文明的な支配構造の変化」として語られるべきである。
標準を決めるのは人間か、それともAIか。その問いが立ち始めた瞬間こそが、次の時代の起点なのだ。


