連載:技術覇権戦争の現在地
オランダ政府が半導体関連のNexperia(ネクスペリア)に対し、「物資可用性法」の枠組みを用いた統制に動いた。名目は国家安全保障と技術主権の確保。本稿では事実関係を整理しつつ、欧州・中国・日本の産業に波及する論点を俯瞰する。
序章:事件の発端
今回の決定は、対中資本への不信と、先端製造・設計資産の国家的な囲い込みが背景にある。半導体はもはや汎用品ではなく、軍民両用の戦略物資として扱われている――これが前提だ。
第1章 背景:国家の思惑と不信の連鎖
- 技術覇権の構造:AI計算資源、半導体製造、電力・通信インフラが三位一体で安全保障化。
- 法的レバーの常態化:輸出管理、投資審査、サイバー基準など制度での抑止が各国で並行進行。
- 信頼の崩落:「誰を守り、誰を排除するか」を巡る同盟内外の軋轢が累積。
第2章 欧州と中国の板挟み構造
欧州は技術資産(ASML等)と巨大市場(中国)の二兎を追わざるを得ない。米国は「同盟の安全保障」を錦の御旗に域外効果を持つ規制を求め、欧州企業はサプライの再設計と法令コンプライアンスの二重負担に苦しむ。中国側は国産化加速と輸入代替で応戦し、取引先の地理的多様化(いわば政治的マルチクラウド)が加速している。
第3章 日本への影響:静かなサイドエフェクト
- 装置・材料メーカー:申請や審査の厳格化で営業リードタイムの伸長、在庫設計の見直し。
- 間接波及:欧州拠点→アジア工場への工程シフトが起きれば、国内下請け・物流にも影響。
- 経営判断:対中売上の比率が高い企業ほど、市場アクセスと規制順守のトレードオフが厳しくなる。
第4章 AIサプライチェーンの新地図
中核は「演算封鎖(Compute Blockade)」だ。GPU/AIチップ、EDA、先端製造、そして電力・データセンター能力までが政策管理下に置かれる。中国は自力計算圏の確立を急ぎ、西側はブロックごとの相互運用を制限する方向へ。結果として、企業は二層アーキテクチャ(西側準拠/中国準拠)の運用を余儀なくされ、コストと複雑性は上昇する。
結章 技術は誰の手に残るのか
今回の統制は、冷戦ではなく「知戦」のフェーズに入ったことを示す。技術の自由と安全保障の均衡はますます難しくなるが、私たちが注視すべきは制度が産業基盤をどう変形させるかだ。最後に、一文で締める。
国家は技術を守ると言う、だが同時に市場から技術を遠ざけてもいる。
次回予告:「米国、AI半導体の対中輸出制限“再強化”の行方 ─ サプライチェーン再分断の実相」
連載ハブ:技術覇権戦争の現在地
参照リンク
- European Commission:European Chips Act(公式説明)
- European Commission:Chips Act 政策概要
- EUR-Lex:EU Chips Act(正式規則本文)
- European Commission:半導体サプライチェーン監視・危機対応機構
- Reuters:オランダ政府、ASML機器の中国向けサービスにライセンス義務を導入
- Reuters:ASML、在庫蓄積と希土類規制影響を過小評価
- Reuters:米国の輸出規制強化が中長期需要に与える影響をASMLが慎重評価
- Reuters:ASML CEO、米国の対中輸出制限背景を「経済動機」と述べる
- Reuters:オランダ政府、ASML装置の対中輸出の統制を米国から引き戻し
- Reuters:ASML、輸出規制懸念が顧客支出に影響していると報告

