ガバメント市場から見たAIモデル覇権 ─ 主権と統制をめぐる新冷戦

ガバメント市場から見たAIモデル覇権 ─ 主権と統制をめぐる新冷戦 TECH

AI覇権の新しい戦場

生成AIの話題が市民権を得てから、わずか数年。
多くの人々は、便利なチャットや文章生成、ビジネスでの効率化といった「生活の延長線上」でAIを捉えている。
しかし舞台を少し引いて眺めれば、AIはすでに国家の主権を左右する戦略資産に変貌していることがわかる。

ガバメント市場──つまり政府・軍・官公庁といった公共領域におけるAI活用は、民間市場とは根本的に性質が違う。
ここでは「性能が良いから選ばれる」「価格が安いから導入する」といった合理性は通用しない。
むしろ重要なのは、そのモデルを完全に自国が掌握できるかどうか、そして有事に他国の影響を受けないかどうかだ。

中国は早々にこの現実を悟り、国策として百度やアリババのモデルを国家統制の下に置いた。
アメリカはOpenAIやAnthropicを事実上の「国家資産」と見なし、マイクロソフトやAWSを巻き込んで軍事・行政のプロジェクトに組み込んでいる。
欧州もまた「Mistral」を旗印に、米中に依存しない独自陣営を築こうと必死だ。

つまり世界各国が争っているのは、AIという“便利な道具”の優劣ではない。
その裏側にあるコードの支配権、ひいては言論統制や安全保障を握る力をめぐる覇権闘争だ。

そして我が日本はどうか。
クラウドではAWSやAzureへの依存を深め、国産LLMの取り組みは富士通が旗を振るものの、産業界全体を巻き込めずにいる。
このままでは、いざという時に「AIインフラを他国に委ねる」事態すら起こりかねない。

生成AIの華やかな表舞台の裏で、静かに進行している新冷戦。
その主戦場こそ、ガバメント市場におけるAIモデルの覇権争いなのである。

ガバメント市場におけるAI覇権の特殊性

民間市場でAIを語るとき、人々の関心はわかりやすい。
「精度はどのくらいか」「コストは安いか」「どのくらい業務効率が改善されるか」──この三点がほとんどを占める。
企業は利益を出すためにAIを採用し、ユーザーは便利さや生産性向上を享受する。
そこには市場原理に基づく健全な競争が働く。

だが、ガバメント市場のルールはまったく違う。
ここでは、性能や価格は副次的な要素にすぎない。
真に重視されるのは 「主権の所在」「統制の可能性」 である。

1. コードへの完全な支配権

政府がAIを導入する際、まず問うのは「そのコードを誰が握っているのか」だ。
いくら高性能なモデルでも、もしソースコードや学習済みパラメータの管理権限が外部企業にあれば、有事の際に使えなくなるリスクがある。
「停電時に自国の発電所を動かせない」──それと同じ危うさを孕む。

2. 説明責任と透明性

公的機関には説明責任が伴う。
なぜそのAIがその回答を導いたのか、どんなデータで学習されたのか。
これを国民や議会に説明できなければ、行政利用は正当化できない。
外資製モデルにブラックボックスが多いのは、採用の大きなハードルとなる。

3. 地政学的リスク

AIの根幹を外国に依存することは、外交カードを相手に握らせることに等しい。
米中対立が深まる時代に、もし中国モデルに依存すれば、情報統制のリスクは計り知れない。
逆に米国モデルに全面依存する場合も、外交摩擦や規制変更ひとつで利用が制限される可能性は否定できない。


こうして見ると、ガバメント市場におけるAIは、単なるIT調達ではなく安全保障インフラそのものであることがわかる。
性能や価格を超えて、「誰がコードを支配するか」という問いが、各国の戦略を決定づけているのだ。

中国:言論統制と主権AIの必然

中国ほど「AIモデルの主導権=国家主権」という構図を鮮明に描いている国はない。
彼らにとって生成AIは、検索やオフィス支援といったビジネス用途以前に、まず 社会を統治するためのインフラ なのである。

1. 国家統制の枠組み

中国では大手テック企業──百度(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)、バイトダンス(ByteDance)──が競ってLLMを開発している。
しかしその自由競争は表向きにすぎない。
モデルの公開・運用はすべて「国家インターネット情報弁公室(CAC)」の承認を受けなければならず、学習データも厳格にフィルタリングされる。
つまり モデルは民間企業が作っても、その支配権は国家が握る という仕組みだ。

2. 言論統制の自動化

中国政府にとって、AIは“第二の検閲機関”でもある。
チャット型AIは自然言語での対話を行うため、情報の流通経路そのものを掌握できる。
例えば「天安門事件」という言葉を入力しても、中国製のAIは「存在しない」と答える。
AIが社会の至るところに組み込まれれば、検閲はもはや個別対応ではなく、システム的に内蔵された“当たり前” になる。

3. プロパガンダの強化

統制は「隠す」だけではない。
中国は対外向けに英語版の生成AIを展開し、自国の主張をグローバルに発信する道具として利用している。
人が書いたプロパガンダ記事は不自然でも、AIが生成した文章は“中立的で自然”に見える。
ここに、情報戦を優位に進める新しい武器としてのAIの姿がある。

4. 主権AIの必然

このように、中国にとって「外資モデルを利用する」という選択肢は最初から存在しない。
AIは経済インフラであると同時に、体制を守る安全保障インフラでもある。
だからこそ彼らは、どれほど効率やコストで劣ろうとも、必ず自国製モデルを使う。
これは市場原理ではなく、体制維持の必然なのである。

米国・欧州:安全保障と産業戦略

中国が「統制」を第一義に据えてAIモデルを扱うのに対し、米国と欧州はやや異なる軸で動いている。
それは 安全保障と産業競争力の確保 だ。

1. 米国:AIの軍産複合体化

米国政府は、OpenAI や Anthropic を単なるベンチャー企業ではなく、事実上の戦略資産と見なしている。
国防総省(DoD)は既に生成AIを分析やシミュレーションに試用しており、CIAやNSAといった諜報機関も自然言語解析の延長としてAIを導入し始めた。

背後には、マイクロソフトやアマゾンといった巨大クラウド事業者の存在がある。
Azure や AWS は軍・行政向けのクラウド調達契約をすでに確保しており、その上に載るAIモデルとして OpenAI や Anthropic が配置されていく。
つまり米国は、クラウド=基盤、モデル=心臓部、政府=顧客という三位一体の構図で、AIの軍産複合体化を進めているのだ。

2. 欧州:自立のための旗印 Mistral

一方、欧州は別の論理で動く。
EUは米国と安全保障上は協調しつつも、デジタル領域での完全従属は避けたい。
その象徴がフランス発の Mistral だ。

Mistral はオープンソース戦略を取り、EU内の大学や研究機関、産業界を巻き込みながら「欧州独自モデル」の旗を掲げる。
AI Act(AI規制法)と連動し、透明性や説明責任を強調することで、「米中に依存しない第三の選択肢」として存在感を高めている。
性能面では米中の巨人に及ばなくても、規制と政治の後ろ盾を持つことで、ガバメント市場では十分に競争力を発揮できる。

3. 共通する狙い:主権と交渉力

米国と欧州のアプローチは異なるが、根底に流れる思想は同じだ。
それは「外部に依存しすぎない」こと。
米国は自国企業を国家資産化することで、欧州は独自モデルを育てることで、それぞれ 交渉力と主権 を確保しようとしている。

日本の悲惨な現状

米国はAIを軍産複合体の文脈で抱え込み、中国は言論統制の基盤として掌握し、欧州は独自モデルで自立を模索している。
では日本はどうか──答えは残念ながら「空白に近い」である。

1. 富士通の旗振りと限界

表向き「国産LLM」の旗を掲げているのは富士通だ。
経産省やNEDOの研究開発案件を積極的に受託し、GPUリソースを投じて日本語特化モデルを訓練している。
しかしその多くは「実証」や「技術デモ」の域を出ていない。
実際のガバメント市場で必要なのは、長期運用に耐える信頼性周辺産業を巻き込んだエコシステムである。富士通単独では、この壁を突破するのは難しい。

2. 日立の不在感

本来、この分野で決定的に重要なのは日立だ。
社会インフラ、官公庁システム、公共調達での実績──日立が持つポジションは、日本における「公共ITの背骨」といってよい。
だが、同社の注力領域は制御系AIやOT(Operational Technology)に偏っており、汎用LLMに本腰を入れる兆しは乏しい。
もし日立が腰を上げなければ、日本のガバメント市場に「国産AI」が根付く可能性は極めて低い。

3. NECのセキュリティ強みを活かせず

NECもまた、顔認証やサイバーセキュリティで官公庁との結びつきは強い。
本来なら「安全性・透明性」を重視するガバメント市場に最適な立ち位置を持つはずだ。
だが、LLMに関しては海外勢の後塵を拝しており、国内での研究開発も散発的にとどまっている。

4. 政府の外資依存体質

さらに問題を深刻化させているのが政府自身だ。
クラウド調達はAWSやAzureが主流となり、基幹システムの多くは外資に依存している。
この延長線上で生成AIまで外部モデルに頼るようになれば、言論インフラそのものを他国に委ねる事態を招きかねない。
コストや利便性を理由に「中国製の方が安いから導入」といったシナリオすら、決して絵空事ではない。

未来シナリオ ─ 国産主権AIか、外資依存か

ガバメント市場におけるAIモデルの覇権は、民間企業の製品選定のようにじっくり時間をかけて決まるものではない。
むしろ数年以内に、大きな分岐点が訪れる。

シナリオ1:国産主権AIの確立

最も望ましい未来は、富士通が掲げた旗を、日立やNECといった巨大プレイヤーが本格的に支える構図だ。

  • 富士通:研究開発と技術デモの牽引役
  • 日立:官公庁・社会インフラ調達の実働部隊
  • NEC:セキュリティと運用基盤の信頼性確保

この三者が結集し、政府が長期的予算と法制度で後押しすれば、ようやく「国産主権AI」がガバメント市場で形になる。
これは単なるIT産業政策ではなく、主権の根幹を守る国家プロジェクトと位置づけられるべきだ。

シナリオ2:外資依存の固定化

一方で、現状維持が続けばシナリオは暗い。
OpenAIやAnthropicといった海外モデルに依存し続け、調達や運用の主導権を他国に握られる。アメリカ依存ならば、まだ救いはあるが、最悪の場合、コスト削減や外交圧力を理由に、中国製モデルが官公庁システムに採用される可能性すらある
それは、言論インフラの主権を放棄するに等しい。

シナリオを分ける鍵

この分岐を決めるのは、民間企業の努力だけではない。
政府が本気で「国産主権AI」を国家戦略として位置づけ、調達・予算・法制度で支えるかどうかだ。
いまの無策が続けば、日本はあっという間に「外資依存の傀儡国家」へと傾いてしまうだろう


結び

AIを誰が作るかではない。
そのコードと学習基盤を、誰が支配するか が問題なのだ。
米国は軍産複合体として、欧州は独自モデルとして、中国は体制維持のために、それぞれAIを国家戦略に組み込んでいる。

日本だけが「外資に任せればいい」とのんびり構えていれば、やがて言論も安全保障も、すべて他国のモデルに依存することになる。
ガバメント市場におけるAI覇権は、主権そのものの問題である。
いま手を打たなければ、日本は取り返しのつかない未来に足を踏み入れることになる。

こうした外資依存のリスクは、海外企業の姿勢の変化を見れば一層明らかだ。
最近、Alphabet(Google)は「政府による過剰な言論統制への協力姿勢を改める」と報じられた。
これまで同社は各国政府の要請に応じ、検索結果やYouTubeコンテンツの削除・制限に協力してきた。
だがAIや検索プラットフォームが国家インフラ化する中で、過度な協力は企業ブランドを毀損すると判断し、民主的な言論空間の保護を優先する方向へ舵を切ったのだ。

実際、YouTubeへの削除依頼件数で日本は世界トップクラスという不名誉な立ち位置にある。
つまり日本は、外資プラットフォームに依存しながら、自ら進んで「検閲要請大国」としての姿をさらしている
もし今後も外資モデルに依存し続ければ、「どこまで政府に協力するか」という線引きすら他国企業の判断に委ねるしかないだろう。

つまり、AI・プラットフォーム事業者は“政府の道具”になるか、“民主主義の守り手”になるかの岐路に立っているわけである。
そして日本は、その選択権すら自らの手で持たない危険性に直面している。