私たちはいま、生成AIという新しい力と向き合っています。AIが描いた絵や、AIが書いた文章は、すでに日常の風景の一部になりました。まるで魔法のように新しいものを生み出す姿に、驚きと期待を抱いた人も多いでしょう。
しかし、その魔法の裏側では、深刻な対立が進行しています。
「AIが学習に使うことは 知的財産の窃盗だ」
そんな声が日増しに大きくなり、コンテンツをAIに“タダ食い”されていると感じるクリエイターの怒りが渦巻いています。
けれども、私たちはここで改めて問わねばなりません。
私たちは、一体何に怒っているのでしょうか?
「公開する」という行為の意味
ブログ記事を書く。写真を撮る。イラストを描く。
そして、それをウェブに公開する。
なぜでしょう?
それは多くの人に見てもらい、広め、共感や評価を得たいからです。
私たちはそのために、Googleという巨大な検索エンジンに自らのコンテンツを差し出し、インデックス化されることを望んでいます。検索結果の上位に表示されなければ、誰にも見つけてもらえないからです。
つまり「見てくれ!」と叫びながら、同時に「学ぶな!」と怒る。
この矛盾は、果たして合理的でしょうか?
AIの学習は、言い換えれば 「デジタルの読書」 に過ぎません。
AIは無限のスクラップブックを抱え込み、そこから言語や思考のパターンを学び取っているにすぎないのです。
制限が生む「不幸な未来」
もしAIの学習に過度な制限をかければ、何が起きるでしょうか?
考えられるのは、2つの暗い未来です。
1. 利権団体の台頭
AIの学習データを「有料化」し、徴収する団体が現れる。
しかしその利益が本当にクリエイターへ公平に還元される保証はあるのでしょうか。著作権ビジネスの歴史を振り返れば、その答えはおのずと見えてきます。
2. 情報の閉鎖化
AIが自由にウェブを学習できなければ、閉じられた一部のデータに依存するしかありません。その結果、AIは偏り、貧しい知識しか持てなくなります。
そして、クリエイター自身もまた、AIという強力な「知の窓口」を失い、作品を届けるチャンスを狭めてしまうのです。
出口は「意思表示」にある
壁を築くことではなく、 共存のルールを設けること が必要です。
そのヒントはすでにあります。クリエイティブ・コモンズ(CC)ライセンスのように、著作者が自ら意思表示をする仕組みです。
- 「このコンテンツはAIに学習しても構いません」
- 「このコンテンツはAIの学習には使わないでください」
Googleにインデックスを拒否する設定があるように、AIに対しても「学習拒否」を明示できる仕組みを整えればいい。
それはAIを泥棒扱いするのではなく、 「あなたのデータは、あなた自身が使われ方を決める」 という健全でフェアなルールです。
鎖をかけるのか、翼を広げるのか
AIとクリエイターは敵ではありません。
AIは創造性を拡張する補助輪であり、パートナーになり得ます。
AIの自由な学習を守ることは、クリエイターの権利を奪うことではなく、むしろ新しい創造の土壌を育むことです。
私たちは、せっかく得た翼に鎖をかけるのでしょうか?
それとも、この翼と共に未来を切り拓くのでしょうか?
答えを決めるのは、いまこの瞬間の私たち自身なのです。

