- 序文:この議事概要、何が“現実”なのか
- 1. 会議の空気:「攻めたい」けど「事故りたくない」
- 2. 日本のAI社会像①:まず政府が“最大のユーザー”になる
- 3. 日本のAI社会像②:「AI-Ready化」がインフラになる
- 4. 日本のAI社会像③:ハードローより“アジャイル・ガバナンス”
- 5. 日本のAI社会像④:リスクは“サイバー”だけじゃない
- 6. 争点その1:KPIは毒にも薬にもなる
- 7. 争点その2:ソブリンAIは「国産モデル」ではなく「主権の束」
- 8. 争点その3:AI for Science と日本の立ち位置
- 9. この会議が示す「現実的な未来」
- 結び:AI時代の国力は「モデル」より「運用」で決まる
- コラム:ソブリン(主権)AIとは何か?
序文:この議事概要、何が“現実”なのか
正直に言えば、日本の「戦略会議」と聞くと、条件反射で身構える人は多い。
立派なスローガン、横文字、KPI、そして現場は今日もExcel――そんな光景を何度見てきたか分からない。
ところが、今回の「人工知能戦略専門調査会(第2回)」の議事概要を読むと、少し違う匂いがする。
これは理念集ではなく、「どこから現実に手を付けるか」をめぐる、かなり生々しい地図合わせの記録だ。
キーワードは、政府自身がAIの最大ユーザーになること、データと文書のAI-Ready化、ソフトロー中心のガバナンス、そしてソブリンAIを“運用の問題”として捉える視点。
日本は「最強モデルを作る国」ではなく、「AIを社会に溶かし込む国」になろうとしている。その輪郭が、ここには割と正直に出ている。
1. 会議の空気:「攻めたい」けど「事故りたくない」
議論全体を貫いているのは、二つの緊張関係だ。
一つは、「反転攻勢」「勝ち筋」といった攻めの言葉と、「信頼できるAI」という慎重なトーンのせめぎ合い。
もう一つは、KPIや数値目標で推進したい気持ちと、KPIが自己目的化する危険への強い警戒感だ。
面白いのは、誰もが「数値は必要だ」と言いながら、同時に「数値に支配されると壊れる」と分かっている点だ。
これは、過去のDXや行政改革で、痛い目を見てきた国の知恵でもある。
つまりこの会議、テンションは高いが、ブレーキもちゃんと踏もうとしている。
アクセルとブレーキの両方を握りしめたまま走ろうとしている、そんな空気だ。
2. 日本のAI社会像①:まず政府が“最大のユーザー”になる
今回、最も具体性があるのが、デジタル庁の「源内(ガバメントAI)」の話だ。
国会答弁案の作成支援、許認可審査支援、官報や法令データとの連携。
つまり、行政の中枢業務にAIを差し込むという宣言である。
ここで重要なのは、「実験します」ではなく、ログを取り、ダッシュボードで可視化し、使われ方を見て改善すると言っている点だ。
これは“システム導入”ではなく、“運用サイクルの設計”の話になっている。
民間にとっても、政府が最大の発注者・最大のユーザーになる意味は大きい。
調達仕様、セキュリティ要件、運用ルールが整えば、それ自体が国内市場の標準になる。
日本はいつの時代も、「官が使う仕様」が事実上の業界標準になってきた国でもある。
3. 日本のAI社会像②:「AI-Ready化」がインフラになる
もう一つ、地味だが本質を突いているのが、「文書やデータのAI-Ready化」という話だ。
モデルの性能より先に、読める形のデータがあるかどうか。
これは生成AIを少しでも業務に使った人なら、全員が骨身にしみて知っている現実だ。
「業務文書の90%をAI-Readyに」みたいな目標は、一見すると地味で、夢がない。
だが、ここをやらない国は、どんなに高性能なAIを買っても“置物”になる。
これはDXの延長ではない。
むしろ、AI時代に向けた“行政OSの更新”に近い話だ。
4. 日本のAI社会像③:ハードローより“アジャイル・ガバナンス”
日本のAIガバナンスの特徴は、最初から「ガチガチの法律」で縛りに行かない点にある。
ソフトロー、ガイドライン、国際整合。
そして「日本製AIは信頼できる」というブランドを、運用と透明性で作るという発想。
これはEU型の「まず規制ありき」とも、米中型の「まず市場と覇権ありき」とも違う、かなり日本的なポジション取りだ。
ただし、ここには一つの地雷がある。
「透明性」「アカウンタビリティ」といった言葉を、曖昧なまま運用に落とすと、誰も責任を取らない仕組みになる。
この会議で、その“言葉のズレ”に釘を刺す意見が複数出ているのは、かなり健全だと思う。
5. 日本のAI社会像④:リスクは“サイバー”だけじゃない
今回、珍しくはっきり出てきたのが、心理的リスクの話だ。
依存性、感情操作、精神面への影響。
「AIが突然応答を拒否する」ことすら、ユーザーの心理に影響を与えうる、という認識が共有されている。
これは、単なるセキュリティ事故や誤情報対策とは別の次元の話だ。
AIが“道具”から“関係性を持つ存在”に変わりつつあることを、政策側も薄々理解し始めている、というサインでもある。
6. 争点その1:KPIは毒にも薬にもなる
KPIは必要だ。だが、KPIは簡単に宗教になる。
「利用率100%」
「導入率◯%」
こういう数字は分かりやすい。だが、分かりやすい指標ほど、形式的な達成ゲームに変質しやすい。
この会議では、「KPIはPDCAのセンサーであるべき」「達成・未達成で一喜一憂するな」という意見が繰り返し出ている。
これはかなり大事なポイントだ。
本当に重要なのは、誰が責任を持つのか、いつ見直すのか、何をもって失敗とするのか。
数字よりも、運用ルールの方がずっと重要だ。
7. 争点その2:ソブリンAIは「国産モデル」ではなく「主権の束」
「ソブリンAI」という言葉は、どうしても「国産LLMを作る話」に見えがちだ。
だが、議論をよく読むと、論点はもっと現実的だ。
分解すると、少なくとも四つある。
- データの主権(重要データをどこに置くか)
- 計算資源の主権(どの基盤で回すか)
- 運用の主権(誰のルールで、誰が止められるか)
- 調達の主権(何を基準に買い、何を排除できるか)
日本がいきなり“世界最強モデル”を作る必要はない。
まず固めるべきは、行政・医療・インフラなどで「外に出せないものは出さない」運用主権の方だ。
国立国会図書館のデータ基盤の話が出てくるのも、ここに直結している。
8. 争点その3:AI for Science と日本の立ち位置
「勝者総取り」への危機感は、かなり強い。
先行国がAIで科学的発見を加速し、その成果を独占する構図が見え始めている。
一方で、日本は資本力やスケールで殴り合う土俵には向いていない。
代わりに、ロボティクスやフィジカル領域、現実世界との接続で勝負するルートがある。
そして、興味深い指摘が一つある。
「日本が勝つ」ではなく、「サイエンスを勝たせる」視点が重要だ、という話だ。
これは、日本らしいし、悪くない戦い方だと思う。
9. この会議が示す「現実的な未来」
全体を通して見えてくるのは、日本が目指しているのは「AI覇権国家」ではなく、
AIが静かに社会に溶け込んでいる“使いこなし国家”だということだ。
うまくいく条件ははっきりしている。
- 予算と調達が現実に即していること
- 責任分界が曖昧でないこと
- ログと監査と改善のループが回ること
- 成功事例が横展開される仕組みがあること
失敗する条件も、同じくらいはっきりしている。
- スローガンで満足する
- KPIの達成ゲームになる
- WGが増えて現場が減る
結び:AI時代の国力は「モデル」より「運用」で決まる
「官から先行」は遅いのか。
実は逆で、最大の発注者が本気で動く国は、案外速い。
AI時代の国力は、モデルの性能表ではなく、
どれだけ現実の業務に、安全に、継続的に組み込めるかで決まる。
日本はたぶん、「一番賢いAIを作る国」にはならない。
その代わり、「一番うまくAIを使い倒す国」には、なれるかもしれない。
少なくとも、この議事概要は、その方向に舵を切ろうとしているようには見える。
コラム:ソブリン(主権)AIとは何か?
「ソブリンAI」という言葉は、しばしば「国産の大規模言語モデルを作ること」だと誤解されがちだ。だが、実際の政策文脈で語られているソブリンAIは、もっと現実的で、もっと地味な概念に近い。
ポイントは、「AIの“性能”を自国で持つこと」ではなく、AIを“自国のルールで運用できる状態”をどこまで確保できるかにある。
整理すると、少なくとも次の四つの“主権”の束として考えるのが分かりやすい。
- データの主権:重要な行政データや医療データを、どこに置き、誰の管轄で管理するのか。
- 計算資源の主権:どのクラウドや計算基盤でAIを動かし、非常時に誰が制御できるのか。
- 運用の主権:どんなルールで使い、止める判断を誰が下せるのか。
- 調達の主権:どの基準でAIを選び、どの条件なら排除できるのか。
つまりソブリンAIとは、「国産モデルを作ること」そのものではなく、重要な領域で“他国の都合”に振り回されずにAIを使える状態を設計することだ。
日本の文脈で言えば、まず問われるのは「行政・医療・インフラなどで、外に出せないデータや処理を、きちんと自分たちのルールで運用できているか」という、ごく実務的な話になる。
派手さはない。だが、ここが曖昧なままでは、どれだけ高性能なAIを使っていても、その国のAIは“借り物”の域を出ない。

