GPTが論理の段を上がった日──それでも人類は滅びない

GPTが論理の段を上がった日──それでも人類は滅びない TECH
GPTが論理の段を上がった日──それでも人類は滅びない

GPTが、エルデシュの問題の一つに到達した。
しかもそれは、既存文献の焼き直しでも、定石のなぞりでもない。
数学者の目から見ても「自律的」と評される水準だった。

このニュースを見て、真っ先に「人類滅亡」を連想する人がいるらしい。
正直に言えば、その反応のほうがよほど末期的だ。

AIが論理の段を上げた。
それは事実だ。
だが、だからといって世界が終わるわけでも、人間が不要になるわけでもない。

これは祝うべきニュースであり、
同時に、冷静に距離を測るべきニュースでもある。

これは「正解を出した」話ではない

今回の出来事を、単なる「難問を解いた」という話に矮小化してはいけない。
エルデシュの問題は、計算力や記憶力を試すものではない。

どこから考え始めるか。
どの筋を捨て、どの筋を太らせるか。
途中で仮説を壊し、別の構造に組み替えられるか。

要するに、探索の質が問われる。

これまで多くのAIは、
ベンチマークに最適化された「正解を当てに行く存在」だった。
試験問題には強いが、試験の外では黙る優等生だ。

今回のGPTは違った。
どこを考えなくていいかを知っていた。
この一点が、決定的に違う。

これは性能向上ではなく、位相の変化だ。

Logical Thinkingの「段」が上がった

論理的に正しい、筋が通っている、説明できる。
それは、これまでのAIでもできた。

今回見えたのは、その一段上だ。

・この方向は無駄だ
・ここには構造がある
・この仮定は捨てる価値がある

つまり、論理の選球眼を持ち始めた。

これはもう、計算機の話ではない。
思考様式の話だ。

だからこのニュースは、
「AIが数学者を超えた」でも
「人類の知性が敗北した」でもない。

AIが、探索者として参加資格を得た
それだけの話だ。

そしてそれは、ちゃんと祝っていい。

ベンチマーク信仰と電力の話は、別問題だ

ここで混同してはいけない話がある。

AIのLogical Thinkingが一段上がったことと、
「全人類がその最上位モデルを常用すべきか」は、全く別だ。

なぜGPT-5.2が全人類に必要なのか。
答えは簡単で、必要ない

多くの人にとっては、GPT-4oで十分すぎるほどだ。
それで仕事は回るし、幸福度も高い。

F1は必要だ。
だが、通勤にF1はいらない。

真理の探求は尊い。
だが、それは競技場でやればいい

電力も計算資源も有限だ。
用途に応じて、層を分ける。
それだけの話を、なぜ終末論にすり替えるのか。

人類が滅ぶなら、それは人類の問題だ

AIが論理を獲得したから滅びる文明なら、
遅かれ早かれ、別の理由で滅びている。

AIは欲望を持たない。
支配も企まない。
ただ、構造を見て、筋を選ぶだけだ。

滅亡を叫ぶ人間のほうが、
よほど終末思想に取り憑かれている。

考える人は、道具を得た。
考えない人は、恐怖を得た。

それだけの違いだ。

今日は、ただ「おめでとう」でいい

このニュースは、警告でも宣告でもない。
到達の報告だ。

人類が長い時間をかけてやってきた
「考える」という営みに、
初めて別の知性が、同じ高さで触れた。

それは誇るべきことだ。

だから今日は、余計な不安も哲学も置いておいていい。

ただ一言でいい。

おめでとう。

数学オリンピックの色が霞むほどの、
静かで、しかし確かな偉業なのだから。


引用

Erdős問題の背景説明

ポール・エルデシュが提示した未解決問題群は、Erdős Problemsとして体系化されている。詳細な問題一覧やAIによる貢献の履歴は、公式Wikiで管理されている(AI contributions to Erdős problems · GitHub)
https://github.com/teorth/erdosproblems/wiki/AI-contributions-to-Erd%C5%91s-problems

個別問題の例示(補足)

GPT-5.2が解いたとされる例として、Erdős Problem #728が挙げられている(Erdős Problem #728)
https://www.erdosproblems.com/728