セルフレジの問題は、万引きや民度の低下では説明できない。
善意とも悪意とも区別がつかない設計そのものが、すでに限界に達している。
有人レジが空いているという事実は、その不成立を静かに証明している。
序章|ある日のスーパーで起きていたこと
ある日のスーパーで、ふと立ち止まる光景があった。
有人レジは空いている。
一方で、セルフレジには列ができている。
レジスタッフは手慣れており、処理は速く、正確だ。
客が商品を一つずつスキャンするよりも、明らかに早い。
にもかかわらず、有人レジには人が並ばず、
セルフレジにだけ列が伸びている。
この光景が意味するところは、言わずもがなだろう。
だが本稿では、ここで結論を急がない。
まずは、この現象が生まれた前提から整理していく。
第1章|セルフレジは、合理的な発想だった
セルフレジの導入は、決して突飛な発想ではなかった。
- 人手不足
- 人件費の上昇
- レジ待ち時間の短縮
- 機械化による効率化
これらはいずれも、現場が抱えていた切実な課題だ。
「客が自分で操作すれば、早くなる」
「慣れれば、有人よりも回転が良くなる」
「人は監視に回ればいい」
こうした前提は、理屈の上では成立していた。
セルフレジは、思想としては合理的だった。
問題は、思想と現実の間にある摩擦だった。
第2章|「万引き」という言葉が説明を誤らせる
セルフレジの問題は、しばしば「万引き」として語られる。
だが、この言葉を使った瞬間に、議論は歪む。
セルフレジで発生している現象の多くは、次の三つに集約される。
- スキャン忘れ
- 個数の入力間違い
- バーコードの読取不良
重要なのは、これらが善意でも必ず起きるという点だ。
操作が人に委ねられている以上、
ミスは避けられない。
ここには、悪意も、道徳も、本質的には関係がない。
「万引き」という言葉で括った瞬間、
構造の問題が、個人の問題にすり替わってしまう。
第3章|善意と悪意を区別できない設計
セルフレジが抱える最大の問題は、
意図を判定できないことにある。
- スキャンしなかったのか
- スキャンしたつもりだったのか
- 機械が読まなかったのか
外から見れば、結果は同じだ。
ここで必要なのは「判断」だが、
判断は人にしかできない。
そして人が判断する以上、誤認・クレーム・摩擦が発生する。
善意と悪意を区別できない仕組みは、
金銭取引の場では致命的だ。
これは治安の問題ではない。
設計上の問題だ。
第4章|AIや監視では、この問題は解決しない
近年、Vision AIや監視技術による解決が期待されている。
だが、それは本質的な解決にはならない。
AIができるのは、
- 「怪しい動き」を検出すること
- 確率としての異常を示すこと
ここで止まる。
AIは「盗んだ」と断定できない。
断定できない以上、最終判断は人に戻る。
結果として、
- 店員はより高度な判断を求められる
- 客は疑われる可能性を背負う
- 現場の負担は増す
セルフレジ導入の目的だった
「人を前に立たせない」は、むしろ遠のく。
第5章|見落とされがちな「維持費」という現実
セルフレジは、人件費削減の象徴として語られる。
だが、実際には安い設備ではない。
- 機器の導入費
- 保守契約
- ソフトウェア更新
- 監視要員
- 在庫差異の増大
これらを合算すると、
「人を減らした分、楽になった」とは言い難い。
ここで構造が露呈する。
店の苦労を、客が無償で引き受ける設計。
操作の手間
ミスの責任
トラブルの当事者性
これらが、客側に移されている。
第6章|再び、有人レジが空いているという事実へ
ここで、最初の光景に戻ろう。
- 有人レジは空いている
- 処理は速く、正確
- トラブルも少ない
効率、速度、正確性。
どの指標を取っても、有人レジは劣っていない。
それでも、セルフレジに列ができる。
この事実から導かれる答えは、
読者の想像に任せたい。
だが、この状況を省略することはできない。
第7章|その光景が示している、本当の意味
人は、合理的に選んでいるのではない。
選ばされている。
- そちらが正解のように配置され
- そちらを使う前提で設計され
- 戻る選択肢が見えにくくなっている
これは効率化ではない。
責任の個人化だ。
作業は客に。
ミスも客に。
疑われるリスクも客に。
その結果、
誰も得をしない仕組みが残った。
終章|残るもの、消えるもの
人に操作を委ねる仕組みは、徐々に姿を消すだろう。
残るのは、状態だけを判定する方式だ。
- ICタグ
- 自動検知
- 未決済は物理的に止まる
そこに、善意も悪意も介在しない。
セルフレジは失敗したのではない。
役目を終えただけだ。
有人レジが空いている。
それだけで、もう十分なのかもしれない。
補章|外国では、セルフレジはどうなっているのか
セルフレジの問題は、日本固有のものではない。
むしろ、日本は最後まで成立を信じられていた国だった。
海外の状況を見ると、そのことがはっきりする。
アメリカ|万引きコストが先に破綻した
アメリカでは、セルフレジは早くから普及した。
同時に、万引きロスの急増も早くから問題化している。
- セルフレジ比率の高い店舗ほど在庫差異が拡大
- 監視要員・警備費用の増加
- 一部チェーンではセルフレジ撤去・台数削減
ここで注目すべきなのは、
「治安が悪いから失敗した」という説明が通用しなくなっている点だ。
都市部・郊外・地方を問わず、
操作ミスと意図的未精算の区別ができないという同じ問題に直面した。
結果として、
セルフレジは「万能な省人化装置」ではなく、
ロスを伴う一時的な回避策として再定義されつつある。
イギリス|監視強化が客体験を壊した
イギリスでは、セルフレジに対して
AI監視・重量検知・警告表示などが積極的に導入された。
その結果どうなったか。
- 誤検知による停止
- 店員呼び出しの頻発
- 客が「疑われている」感覚を持つようになった
つまり、
万引きを防ごうとするほど、セルフレジの利便性が失われた。
これは技術の敗北ではない。
疑うことを前提にした設計の限界だ。
フランス|有人回帰と併存モデルへ
フランスでは、セルフレジを全面否定する動きは少ない。
その代わり、
- 有人レジの明確な維持
- 少量専用セルフレジへの限定
- 高額・大量購入は有人誘導
といった役割分担モデルへ移行している。
これは、
「セルフレジが万能ではない」
という前提を受け入れた結果だ。
中国|顔認証と強制設計
中国では、セルフレジの思想がそもそも異なる。
- 顔認証
- アカウント紐付け
- 行動履歴の蓄積
これは「善意を前提にしない」設計だ。
成立しているように見えるのは、
社会的コストを個人が負担しているからに過ぎない。
この方式は、
日本や欧米ではそのまま導入できない。
共通点|どの国でも起きていること
国ごとの文化や治安に差はあっても、
共通して起きている現象は一つだ。
人に操作を委ねた金銭取引は、どこでも詰まる。
- 善意は前提にできない
- 悪意は学習される
- ミスは必ず発生する
- そして区別できない
これは国民性の問題ではない。
方式の問題だ。
日本の特殊性|最後まで信じられていた国
日本は、
- 操作に慣れる
- ルールを守る
- 店に迷惑をかけない
そう信じられてきた社会だった。
それでも、
有人レジが空き、
セルフレジに列ができる光景が生まれた。
この事実が示しているのは、
「日本ですら成立しない」という一点に尽きる。

