そのAI、誰が使っている?──Cloudflare radar が映し出した“見えないトラフィック”

そのAI、誰が使っている?──Cloudflareが映し出した“見えないトラフィック” TECH
そのAI、誰が使っている?──Cloudflareが映し出した“見えないトラフィック”

Cloudflare Radarが示す「日本の生成AIランキング」は、日本人が使っているAIの人気順ではない。
このランキングが映し出しているのは、日本のネットワークを通過したAIトラフィックの勢力図だ。
なぜ聞き慣れないAIが上位に現れるのか。
本稿では、CDNとAI基盤という視点から、その違和感の正体を整理する

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第1章:その違和感は、間違っていない

Cloudflare Radar の「2025 Year in Review」を眺めていて、首をかしげた人は少なくないはずだ。
生成AI関連の日本ランキング。1位が ChatGPT ——ここまでは納得できる。
だが、その直後に並ぶ名前を見て、思考が止まる。

Doubao。GilaCloud。
聞いたことがない。少なくとも、日本語圏で日常的にAIを使っている感覚とは一致しない。

「日本のランキングなのに、なぜ知らないAIが上位にいるのか」
「在日外国人が多少使っているとしても、ChatGPTに次ぐ2位というのは理屈が合わない」

この違和感は、感情論ではない。
ごく素朴な、しかし正当な疑問だ。

多くのランキング記事は、「人気」「利用者数」「話題性」といった言葉で順位を説明する。
だが、Cloudflare Radar はそのどれもを基準にしていない。

ここで一度、問いを立て直す必要がある。

このランキングは、本当に「誰が使っているAI」を示しているのだろうか。

もしそうでないとしたら。
もし、私たちが「日本の生成AIランキング」という言葉そのものを、誤って受け取っているとしたら。

この違和感は、単なる認知のズレではなく、
ネットワークとAIの関係そのものを映し出す入口 になる。

次章ではまず、Cloudflare Radar が「何を見て、何を見ていないのか」を整理する。
ここを押さえない限り、このランキングは永遠に理解できない。

第2章:Cloudflare Radarは「利用者」を見ていない

Cloudflare Radar は、ランキングサイトではない。
少なくとも、私たちが普段目にする「人気ランキング」と同じ文脈で読むべきものではない。

Cloudflare が見ているのは、人ではなく通信だ。

Radar が集計しているのは、Cloudflare の CDN や DNS を通過したトラフィック量。
どの国のユーザーが、どの言語で、どんな意図をもってアクセスしたか。
そうした情報は、原理的に対象外になっている。

「日本の生成AIランキング」と書かれていても、
それは 日本人が使っている生成AIの順位 を意味しない。

正確にはこうだ。

日本のネットワーク上で観測された、生成AI関連トラフィックの順位

この一文に言い換えた瞬間、多くの疑問が整理され始める。

Cloudflare Radar における「国別」という区分は、国籍や居住地を示すものではない。
その通信が、どの国の Cloudflare 拠点で観測されたか
それだけが基準だ。

極端な話、日本にあるデータセンターを経由していれば、
その通信は「日本のトラフィック」としてカウントされる。

利用者が日本人かどうかは関係ない。
日本語を使っているかどうかも関係ない。
さらには、人間が直接操作しているかどうかすら、問われない。

ここで、一般的な感覚とのズレが生じる。

私たちは「ランキング」と聞くと、
無意識のうちに「多くの人が使っている順番」を想像してしまう。

しかし Cloudflare Radar が示しているのは、
どのサービスが、どれだけの通信を発生させたか という冷淡な事実だけだ。

この前提に立つと、
「知らないAIが上位にいる」という現象は、
不自然どころか、むしろ起こるべくして起きている。

次章では、その代表例として名前が挙がる Doubao が、
どのようなAIで、なぜ大量のトラフィックを生み出すのかを整理する。

第3章:Doubaoとは何者か

Doubao(豆包)は、ByteDance が提供する生成AIだ。
ByteDance と聞けば、TikTok を思い浮かべる人が多いだろう。だが、Doubao は日本で使われている TikTok とは、ほぼ交わらない世界に存在している。

Doubao は、中国国内向けに展開されている生成AIサービスである。
中国版 TikTok(抖音)をはじめとする ByteDance の各種サービスや、業務用ツール、文章生成、要約、翻訳、動画関連処理などに深く組み込まれている。

重要なのは、Doubao が 「人が意識して使うAI」ではない という点だ。

多くの場合、ユーザーは「Doubao を使っている」という自覚を持たない。
アプリの裏側で、文章が生成され、字幕が付与され、内容が解析される。その処理を担っているのが Doubao だ。

この構造が、通信量に大きな差を生む。

ChatGPT のような対話型AIは、人が質問し、応答を読むという明確な操作を伴う。
一方、Doubao はバックグラウンドで自動的に動作する。
一つの操作に対して、複数回、場合によっては数十回の API 呼び出しが発生する。

つまり、1人の利用が生む通信量がまったく異なる

人の目に触れない場所で大量の処理が走り続ける。
Cloudflare Radar のように通信量だけを見ている仕組みでは、この差がそのまま順位として表面化する。

ここまでを見ると、ひとつの疑問が浮かぶはずだ。

中国国内向けのAIである Doubao が、
なぜ「日本のランキング」に現れるのか。

次章では、そこで鍵となる CDN と日本のネットワークの位置づけ を見ていく。

第4章:なぜ“日本”に現れるのか

Doubao が中国国内向けの生成AIであるなら、
本来そのトラフィックは「中国のランキング」に現れるはずだ。
それにもかかわらず、日本の生成AIランキングで上位に顔を出す。
この点こそが、最大の違和感であり、同時に最も重要なポイントでもある。

答えは、CDN とネットワークの地理 にある。

Cloudflare は、世界中に分散したデータセンターを持つ CDN 事業者だ。
その中で、日本はアジア太平洋地域における 重要な中継拠点 になっている。

理由は単純だ。

  • 海底ケーブルの集積点であること
  • レイテンシが安定していること
  • 法制度・インフラの信頼性が高いこと

こうした条件から、日本のデータセンターは
中国・台湾・東南アジア方面の通信を中継するハブ として使われやすい。

ここで重要なのは、通信の「発信元」と「観測点」は一致しない、という事実だ。

中国国内で発生した AI トラフィックであっても、
最適な経路として日本の Cloudflare ノードを通過すれば、
その通信は「日本で観測されたトラフィック」になる。

Cloudflare Radar は、この観測点を基準に集計する。
結果として、

中国向けに使われているAIの通信が
日本のランキングに現れる

という、一見すると不可解な現象が起きる。

これは特別な例ではない。
大規模なクラウドサービスや AI 基盤ほど、
地理的に分散された経路最適化 を行う。

人の感覚では国境があるが、
ネットワークの世界では、国境は単なる経路条件の一つにすぎない。

Doubao が日本ランキングに現れる理由は、
日本人がそれを使っているからではない。
日本が、AI通信の通り道として使われているから だ。

この視点に立つと、
同じランキングに現れる別の名前にも、説明がつく。

次章では、8位に入った台湾発の動画生成AI、GilaCloud を例に、
「通信量が順位を押し上げるAI」のもう一つの典型を見ていく。

第5章:GilaCloudが示す「動画AI」という特異点

Doubao と並んで、日本の生成AIランキングを見た人を戸惑わせる存在がある。
8位に入った GilaCloud だ。

こちらも、日本語圏ではほとんど名前を聞かない。
だが、GilaCloud が上位に現れる理由は、Doubao と同じ文脈で理解できる。

GilaCloud は台湾発の動画生成AIサービスである。
文章生成や対話型AIと異なり、動画生成は 通信量そのものが桁違いに大きい

  • 映像データのアップロード
  • モデルによる処理
  • 高解像度動画の生成・配信

これら一連の処理は、テキストAIとは比べものにならない帯域を消費する。

さらに、GilaCloud の主な用途は B2C の娯楽ではない。
広告素材の生成、プロモーション動画、業務用コンテンツ制作など、
B2B あるいは半自動処理 の比率が高い。

ここが重要だ。

人が「使った」と認識する回数は少なくても、
裏側では大量のデータ転送が発生している。
Cloudflare Radar は、そこを正確に拾ってしまう。

結果として、

認知度は低いが、通信量は多いAI

が、ランキングの上位に顔を出す。

GilaCloud の存在は、
「ランキングに載る=人々に知られている」
という思い込みを、改めて裏切る。

ここまで見てきた二つの例は、共通の性質を持っている。

  • 人が直接操作しない
  • 自動処理が多い
  • データ量が重い
  • CDN 経由で国境を越える

つまり、Cloudflare Radar に映るのは、
人の会話ではなく、機械の活動量 だということだ。

次章では、この事実を踏まえたうえで、
「日本の生成AIランキング」をどう読み替えるべきかを整理する。

第6章:「日本の生成AIランキング」をどう読み替えるべきか

ここまで見てきた内容を踏まえると、
Cloudflare Radar の「日本の生成AIランキング」は、
そのままの言葉で受け取るべきものではないことが分かる。

このランキングは、

  • 日本人が使っている順
  • 日本で流行している順
  • 日本語圏で認知されている順

そのいずれでもない。

正確には、こう読み替える必要がある。

日本のネットワークを通過した
生成AI関連トラフィックの勢力図

この視点に立てば、
Doubao や GilaCloud が上位に現れることは、もはや不自然ではない。

むしろ、そこに現れているのは
人間の人気ではなく、AI基盤の稼働状況 だ。

対話型AIは、人が入力し、出力を読む。
通信は比較的軽く、回数も人間の行動に制約される。

一方、基盤型AIや動画生成AIは違う。

  • 裏側で常時動作する
  • 自動処理が連鎖する
  • データ量が大きい

Cloudflare Radar は、その差を正確に、容赦なく可視化する。

ここで重要なのは、
このランキングが「間違っている」のではない、という点だ。

読み方を誤ると、意味を取り違える
それだけの話である。

そして、この取り違えは、今後ますます増えていく。

なぜなら、生成AIはすでに
「人が使うアプリ」から
「インフラの一部」へと移行しつつある からだ。

最後の章では、このデータが示唆している
もう一段大きな構図──
日本という国のネットワーク上の立ち位置 に触れて締めくくる。

第7章:日本は「AI利用国」ではなく「AI通信のハブ」

Cloudflare Radar が映し出したものは、
生成AIの人気投票ではなかった。

そこに表れていたのは、
どの国が、AI通信の通り道として機能しているか という現実だ。

Doubao や GilaCloud が日本のランキングに現れる理由は、
日本人がそれらを積極的に使っているからではない。
日本のネットワークが、アジア圏における安定した中継点として使われているからだ。

この事実は、日本の立ち位置を静かに物語っている。

日本は、生成AIを大量に生み出す国ではない。
巨大なAIプラットフォームを持っているわけでもない。
だがその一方で、
AIが動くための通信インフラとしては、極めて重要な場所 にいる。

海底ケーブル、データセンター、CDN。
こうした基盤の上を、
人知れず AI のトラフィックが行き交っている。

この構図は、今後さらに強まるだろう。

NPU を搭載した端末が普及し、
エッジ側で AI が動くようになっても、
モデル更新や基盤連携の通信が消えることはない。

Firefox が模索している「小さなAI」の話も、
本質は同じ場所に接続されている。

AIは、見えるところで話しかけてくる存在から、
見えないところで支える存在 へと変わりつつある。

Cloudflare Radar のランキングは、
その移行期の姿を、偶然ではなく必然として映し出した。

「そのAI、誰が使っているのか」

この問いに対する答えは、
もはや「誰か」ではない。

ネットワークそのものが、AIを動かしている。

コラム── robots.txtは、怒りのログだった

Cloudflare Radar が示した「AIクローラ拒否」の数字は、
技術的事実というより、感情の痕跡に近い。

TOP10,000 ドメインの多くは、
記事や解説、知識の編集によって成り立つメディアだ。
そこで起きたのは、AIによる静かな摩擦だった。

とりわけ、
百科事典的コンテンツをそのまま要約・提示した事例が問題化したとき、
多くのメディアは一斉に身構えた。

「学習されること」よりも、
「送客されないこと」への拒否反応。
その結果として選ばれた手段が、robots.txt だった。

だが robots.txt は、
本来そのような細やかな意思を表現するための道具ではない。
区別は荒く、意味は曖昧で、
多くの場合テンプレートとして貼られる。

Cloudflare が拾い上げたのは、
AIを拒否する思想というより、
拒否せざるを得なかった時代の空気だ。

一方で、検索エンジンは今も許可され続けている。
それは技術的な優位ではなく、
長年築かれた送客関係という既得権の結果にすぎない。

この構図に、初めて別の道を示したのが
RSL 1.0 のような契約ベースの枠組みだろう。

拒否か、黙認か。
その二択しかなかった世界に、
「条件付きで使う」という選択肢が生まれた。

Cloudflare Radar のグラフは、
AIが嫌われている証拠ではない。
AIとWebが、まだ折り合いをつけられていない証拠だ。

そして、
「そのAI、誰が使っているのか」という問いの答えは、
もはや単一の主体ではない。

人でも、企業でも、AIでもない。
ネットワークと空気が、AIを動かしている。