Azure Linux 4.0が公開された。

このニュースを見て、「ついにMicrosoftもLinuxを認めたのか」と感じた人もいるかもしれない。
しかし、それは少し違う。
MicrosoftがLinuxを認めたのは昨日今日の話ではない。むしろ、かなり前から受け入れていた。Azure Linux 4.0は、その長い変化の延長線上にある出来事に過ぎない。
それでも、このニュースには象徴的な意味がある。
かつてMicrosoftはWindowsの会社だった。
パソコンと言えばWindowsだった時代がある。企業のサーバーもWindows Serverが主役だった。開発者はVisual Studioを使い、企業システムはActive Directoryの上で動いていた。
その巨大な帝国の外側にいたのがLinuxだった。
当時を知る人なら覚えているだろう。Linuxは「安価な代替品」と見なされることが多かった。サーバーライセンスを節約したい企業や、オープンソースを支持する技術者たちが使うものだった。
少なくとも、Microsoft自身がLinuxを開発し、それを自社クラウドの基盤として提供する未来を本気で予想していた人は多くなかったはずだ。
だが、現実はそうなった。
今日のMicrosoftはLinuxを敵とは見ていない。
それどころか、GitHubを所有し、VS Codeを開発し、WSLによってWindows上でLinuxを動かし、Azureでは膨大な数のLinuxサーバーを運用している。
そして今、自らの名を冠したLinuxディストリビューションまで提供している。
では、MicrosoftはLinuxに敗れたのだろうか。
私はそうは思わない。
むしろ興味深いのは、その逆である。
なぜMicrosoftは生き残ったのか。
なぜ多くの巨大企業が時代の変化に飲み込まれていった中で、この会社だけは何度も姿を変えながら生き続けているのか。
Azure Linux 4.0は、Linuxの物語ではない。
Microsoftという企業が四十年以上にわたって続けてきた、「変化への適応」の物語なのである。
第1章 帝国の時代
今の若い開発者にとって、Microsoftは少し不思議な会社かもしれない。
GitHubを持っている。
VS Codeを作っている。
Linuxを支援している。
AzureではPostgreSQLも動く。
AIモデルもOpenAIだけではない。
必要ならAnthropicも、Mistralも、Metaのモデルも提供する。
どこか中立的なプラットフォーム企業のように見える。
しかし、かつてのMicrosoftは全く違った。
1990年代後半から2000年代初頭にかけて、Microsoftは世界で最も強力なソフトウェア企業だった。
その強さは、今の感覚では少し想像しにくい。
当時、パソコンを買うということは、ほぼWindowsを買うことと同義だった。
もちろん他の選択肢も存在した。
AppleのMacintosh。
IBMのOS/2。
UNIXワークステーション。
Linux。
だが、それらは圧倒的な少数派だった。
企業のデスクにはWindowsが並び、学校のパソコン教室にもWindowsが並び、家庭のパソコンもまたWindowsだった。
市場シェアという数字以上に、「コンピュータとはWindowsである」という空気が存在していた。
そして、その上にはMicrosoft Officeがあった。
Word。
Excel。
PowerPoint。
多くの企業にとって、これらは単なるソフトウェアではなかった。
仕事そのものだった。
今日でもExcel方眼紙が話題になることがあるが、あれはMicrosoftの影響力がいかに大きかったかを示す一例でもある。
業務そのものがOfficeの形式に合わせて設計される。
それほどまでにOfficeは社会へ浸透していた。
さらに開発者の世界ではVisual BasicやVisual C++が存在した。
企業システムはWindows上で開発され、Windows上で動き、Windows上で保守される。
サーバー側にはWindows NT、そしてWindows Serverがあった。
認証基盤としてActive Directoryが登場すると、多くの企業はユーザー管理や権限管理をMicrosoft製品に依存するようになった。
クライアントもMicrosoft。
サーバーもMicrosoft。
開発環境もMicrosoft。
オフィスソフトもMicrosoft。
今で言う「エコシステム」という言葉が一般化する前から、Microsoftは巨大なエコシステムを築いていたのである。
もちろん競争相手がいなかったわけではない。
当時の技術者なら、いくつもの名前を思い出すだろう。
WordPerfect。
Lotus 1-2-3。
Novell NetWare。
Netscape Navigator。
それぞれが一時代を築いた有力な製品だった。
しかし、最終的に多くの市場でMicrosoftが勝利した。
理由は単純ではない。
技術力だけでは説明できない。
営業力だけでも説明できない。
重要だったのは、Microsoftがコンピュータそのものを売っていたのではなく、「市場」を作っていたことだ。
Windowsを使う。
するとOfficeが便利になる。
Officeを使う。
するとWindows Serverとの連携が便利になる。
開発者がWindows向けにアプリを書く。
するとWindowsの価値がさらに高まる。
この循環が完成したとき、Microsoftは単なるソフトウェア会社ではなくなった。
一つの生態系になったのである。
そして、生態系は強い。
個々の製品が多少優れているかどうかでは崩れない。
利用者、開発者、企業、教育機関、販売網。
無数の参加者が相互に価値を生み出す。
だからMicrosoft帝国は強大だった。
そして同時に、その強さこそが次の時代の課題でもあった。
なぜなら、歴史上の多くの帝国と同じように、成功した仕組みは変化を嫌うからである。
王者のジレンマ
成功は企業にとって祝福である。
そして同時に、呪いでもある。
これは少し奇妙な話に聞こえるかもしれない。
利益が増える。
顧客が増える。
市場シェアが伸びる。
普通に考えれば、それは良いことのはずだ。
しかし歴史を振り返ると、多くの巨大企業は成功したからこそ変化できなくなった。
そのことを鋭く指摘したのが、経営学者の Clayton Christensen だった。
彼が提唱した「イノベーションのジレンマ」は、今や技術業界では古典となっている。
企業は顧客の声を聞く。
利益を最大化しようとする。
既存事業を改善する。
それ自体は正しい。
むしろ優秀な経営者ほどそうする。
だが、その合理的な判断の積み重ねが、新しい技術への対応を遅らせる。
なぜなら、新しい技術は最初から利益を生まないからだ。
既存顧客も求めていない。
市場も小さい。
性能も低い。
だから無視される。
そして気付いたときには、世界そのものが変わっている。
この話は決してMicrosoftだけのものではない。
かつてコンピュータ業界には、Microsoftよりも巨大な存在があった。
IBMである。
メインフレームの時代、IBMは絶対王者だった。
「IBMを解雇してIBMを買ったことでクビになる人はいない」
という有名な言葉が残っている。
それほどまでに信頼されていた。
しかしパーソナルコンピュータの時代になると、状況は変わる。
IBMは依然として巨大企業だったが、市場の中心ではなくなった。
帝国は存続した。
だが世界の重心は移動した。
DECも同じだ。
かつてミニコンピュータ市場を支配した企業である。
若い読者には馴染みが薄いかもしれないが、1980年代には世界有数のコンピュータメーカーだった。
創業者の Ken Olsen は優秀な経営者だった。
だがパソコンの波を見誤った。
有名な逸話がある。
「個人が家庭にコンピュータを持つ理由はない」
実際の発言には文脈があるため単純化は危険だが、それでも時代の転換点を象徴する言葉として語り継がれている。
そしてDECは消えた。
写真フィルムの世界を支配した Eastman Kodak もそうだ。
皮肉なことに、デジタルカメラの原型を最初に開発したのはKodak自身だった。
しかし本気で推進できなかった。
フィルム事業が強すぎたからである。
成功が足枷になった。
やがて市場はデジタルへ移行し、帝国は崩壊した。
携帯電話時代の王者だった Nokia もまた同じ運命を辿る。
スマートフォンの時代が始まったとき、Nokiaは依然として巨大だった。
利益も出ていた。
顧客もいた。
だから変われなかった。
その間に、世界は別の方向へ進んでいった。
歴史を振り返ると、不思議なことに気付く。
これらの企業は愚かだったわけではない。
むしろ逆である。
その時代において最も優秀だった企業たちだ。
優秀だったから成功した。
成功したから既存市場を守ろうとした。
そして、その合理的な判断によって変化が遅れた。
失敗は無能から生まれるとは限らない。
成功から生まれることもある。
ここでMicrosoftの話へ戻ろう。
1990年代末から2000年代初頭にかけてのMicrosoftは、まさに絶頂期にあった。
Windowsは世界を支配していた。
Officeも支配していた。
サーバー市場でも存在感を増していた。
開発者も囲い込んでいた。
もし歴史の教科書だけを読めば、
「次に衰退するのはMicrosoftだった」
と考えても不思議ではない。
実際、多くの人がそう予想していた。
Linuxの台頭。
オープンソースの拡大。
インターネットの普及。
クラウドの登場。
新しい波は次々に押し寄せていた。
そして、その最前線でMicrosoftと衝突することになる人物がいた。
Steve Ballmerである。
Ballmerの時代
2001年。
Steve Ballmer(スティーブ・バルマー)はLinuxを「癌」と呼んだ。
この発言は今でもしばしば引用される。
現在の感覚で読むと、かなり過激に聞こえる。
実際、その後のMicrosoftがLinuxを受け入れ、自らLinuxを開発するようになったことを知っている私たちは、そこに歴史の皮肉を見る。
だが、少しだけ当時の空気を思い出してみたい。
Ballmerは本当に時代遅れの経営者だったのだろうか。
私はそうは思わない。
むしろ彼は、その時代の論理に極めて忠実だった。
2001年のMicrosoftにとって、Windowsは単なる製品ではなかった。
会社そのものだった。
利益の源泉であり、市場支配力の源泉であり、企業価値そのものだった。
Windowsが売れる。
するとOfficeが売れる。
開発ツールが売れる。
サーバー製品が売れる。
パートナー企業も利益を得る。
巨大なエコシステム全体が回り始める。
Microsoftという帝国の中心には、常にWindowsが存在していた。
その中心を脅かす存在が現れた。
Linuxである。
当時のLinuxは、現在とは少し意味が違った。
今でこそLinuxは当たり前の存在になったが、2001年頃のLinuxには思想的な色彩が強く残っていた。
オープンソース。
自由なソフトウェア。
ベンダーロックインからの解放。
Microsoftとは正反対の価値観を掲げる人々がいた。
技術論争であると同時に、ある種の文化戦争でもあった。
だからBallmerは反発した。
それは個人的な感情というより、CEOとしての責務だった。
王国を守るために城壁へ立ったのである。
そして忘れてはならない。
当時のBallmerは、多くの点で正しかった。
Windowsは売れていた。
Officeも売れていた。
企業システムはWindows Serverへ移行しつつあった。
Active Directoryは急速に普及していた。
数字だけ見れば、Microsoftは勝っていた。
もしあなたが2001年のCEOだったとして、
「利益を生み続けている主力事業を自ら破壊しろ」
と言われたらどう答えるだろうか。
おそらく多くの経営者は反対する。
それは保守的だからではない。
合理的だからだ。
歴史を後から眺めることは簡単だ。
私たちは結果を知っている。
Linuxは普及した。
クラウドが生まれた。
スマートフォンが登場した。
コンテナ技術が広がった。
AIがやって来た。
だからBallmerの発言を笑うことができる。
しかし当事者には未来が見えない。
見えるのは現在だけだ。
そして現在だけを見れば、Ballmerの判断は決して異常ではなかった。
ここで興味深いことがある。
歴史上、本当に危険なのは変化を拒む人ではない。
変化を拒む組織である。
個人は考えを変えられる。
だが組織はそう簡単には変われない。
組織には成功体験がある。
評価制度がある。
予算がある。
顧客がいる。
株主がいる。
その全てが現状維持を支持する。
だから巨大企業ほど方向転換が難しい。
Microsoftも例外ではなかった。
むしろ世界で最も方向転換が難しい企業の一つだったはずだ。
Windowsという巨大な成功を抱えていたからである。
だからこそ、後に起きた変化は興味深い。
MicrosoftはLinuxを受け入れた。
オープンソースを受け入れた。
クラウドを受け入れた。
そして自らのアイデンティティだったWindows中心主義さえ手放していく。
問題は「なぜ変われたのか」だ。
歴史を振り返ると、多くの帝国はそこで失敗する。
成功の重さに押し潰される。
だがMicrosoftは違った。
もちろん、それは一夜にして起きた奇跡ではない。
そこには一人の経営者の存在があった。
2014年、MicrosoftのCEOに就任したSatya Nadellaである。
Satya Nadellaという異邦人
2014年。
MicrosoftのCEOにSatya Nadellaが就任した。
後から振り返ると、この出来事はAzure Linux 4.0の誕生と同じくらい重要だったのかもしれない。
なぜなら、NadellaはWindowsの人ではなかったからだ。
これは少し誤解を招く表現かもしれない。
もちろん彼は長年Microsoftに在籍していた。
社内の事情も知っている。
技術者でもある。
だが彼がキャリアの中で築いてきたものは、Windows帝国そのものではなかった。
彼が率いていたのはサーバーとクラウドの事業だった。
後にAzureへとつながる領域である。
つまり彼は、Microsoftの中心から少し離れた場所で育った経営者だった。
企業というものは面白い。
長く成功すると、自らの成功体験を信仰し始める。
やがて成功の理由が教義になる。
Microsoftにも、その教義があった。
Windowsである。
Windowsを広げる。
Windowsを守る。
Windowsを中心に世界を組み立てる。
長年にわたり、それは正しかった。
だから誰も疑わなかった。
しかしNadellaは違う景色を見ていた。
クラウドの世界では、顧客はWindowsを求めているわけではない。
顧客が求めているのはサービスである。
信頼性である。
スケーラビリティである。
コストである。
もし顧客がLinuxを使いたいならLinuxを提供すればよい。
PostgreSQLを使いたいならPostgreSQLを提供すればよい。
Pythonを使いたいならPythonを提供すればよい。
重要なのは、そのワークロードがAzure上で動くことだった。
これは単純なようでいて、実は革命的な発想だった。
なぜなら、それまでのMicrosoftは
「Windowsを売る会社」
だったからである。
ところがNadellaは、
「顧客の成功を支える会社」
へ変えようとした。
言葉だけならありふれている。
しかし実際にそれを実行するのは難しい。
ときには自社製品を脇役にしなければならないからだ。
その変化は様々な場所で現れた。
まずオープンソースとの関係が変わった。
かつて敵対的だったコミュニティとの距離が縮まる。
.NETはオープンソース化された。
Linux対応も進んだ。
GitHubの買収は、その象徴だった。
かつてMicrosoftとオープンソースは対立する陣営として語られることが多かった。
しかし今や世界最大級の開発者コミュニティをMicrosoftが所有している。
2001年の技術者が聞いたら冗談だと思うかもしれない。
VS Codeも興味深い。
現在では当たり前の存在になったが、本来なら不思議な製品である。
Windowsだけを優遇するわけではない。
Linuxでも動く。
macOSでも動く。
開発者がどのOSを使っていても構わない。
重要なのは開発者がVS Codeを使うことだ。
そこには、かつての「Windows中心主義」とは異なる思想が見える。
WSLも同じである。
Windowsの中でLinuxを動かす。
昔なら考えられなかった発想だ。
一部の古参ユーザーは戸惑った。
なぜMicrosoftがLinuxを支援するのか。
しかしNadellaの視点では自然な流れだった。
開発者がLinuxを必要としているなら、それをWindows上で快適に使えるようにすればよい。
顧客が望むものを提供する。
それだけの話だった。
こうして振り返ると、Azure Linux 4.0は突然現れた製品ではない。
GitHub。
VS Code。
.NET。
WSL。
Azure。
その全てが一本の線でつながっている。
Microsoftはある日突然Linuxを受け入れたのではない。
長い時間をかけて、自らの立ち位置を変えていったのである。
だが、ここで一つ誤解してはいけないことがある。
MicrosoftはLinux企業になったわけではない。
オープンソース企業になったわけでもない。
ましてや慈善団体になったわけでもない。
彼らは今でも極めて営利的な企業である。
利益を追求し、市場を獲得し、競争に勝とうとしている。
変わったのは目的ではない。
戦い方だった。
そして、その変化を理解するためには、もう一つ別の視点が必要になる。
MicrosoftはLinuxに敗れたのだろうか。
あるいはLinuxがMicrosoftに勝利したのだろうか。
実のところ、その問い自体がすでに時代遅れなのかもしれない。
Satya Nadellaという異邦人
2014年。
MicrosoftのCEOにSatya Nadellaが就任した。
後から振り返ると、この出来事はAzure Linux 4.0の誕生と同じくらい重要だったのかもしれない。
なぜなら、NadellaはWindowsの人ではなかったからだ。
これは少し誤解を招く表現かもしれない。
もちろん彼は長年Microsoftに在籍していた。
社内の事情も知っている。
技術者でもある。
だが彼がキャリアの中で築いてきたものは、Windows帝国そのものではなかった。
彼が率いていたのはサーバーとクラウドの事業だった。
後にAzureへとつながる領域である。
つまり彼は、Microsoftの中心から少し離れた場所で育った経営者だった。
企業というものは面白い。
長く成功すると、自らの成功体験を信仰し始める。
やがて成功の理由が教義になる。
Microsoftにも、その教義があった。
Windowsである。
Windowsを広げる。
Windowsを守る。
Windowsを中心に世界を組み立てる。
長年にわたり、それは正しかった。
だから誰も疑わなかった。
しかしNadellaは違う景色を見ていた。
クラウドの世界では、顧客はWindowsを求めているわけではない。
顧客が求めているのはサービスである。
信頼性である。
スケーラビリティである。
コストである。
もし顧客がLinuxを使いたいならLinuxを提供すればよい。
PostgreSQLを使いたいならPostgreSQLを提供すればよい。
Pythonを使いたいならPythonを提供すればよい。
重要なのは、そのワークロードがAzure上で動くことだった。
これは単純なようでいて、実は革命的な発想だった。
なぜなら、それまでのMicrosoftは
「Windowsを売る会社」
だったからである。
ところがNadellaは、
「顧客の成功を支える会社」
へ変えようとした。
言葉だけならありふれている。
しかし実際にそれを実行するのは難しい。
ときには自社製品を脇役にしなければならないからだ。
その変化は様々な場所で現れた。
まずオープンソースとの関係が変わった。
かつて敵対的だったコミュニティとの距離が縮まる。
.NETはオープンソース化された。
Linux対応も進んだ。
GitHubの買収は、その象徴だった。
かつてMicrosoftとオープンソースは対立する陣営として語られることが多かった。
しかし今や世界最大級の開発者コミュニティをMicrosoftが所有している。
2001年の技術者が聞いたら冗談だと思うかもしれない。
VS Codeも興味深い。
現在では当たり前の存在になったが、本来なら不思議な製品である。
Windowsだけを優遇するわけではない。
Linuxでも動く。
macOSでも動く。
開発者がどのOSを使っていても構わない。
重要なのは開発者がVS Codeを使うことだ。
そこには、かつての「Windows中心主義」とは異なる思想が見える。
WSLも同じである。
Windowsの中でLinuxを動かす。
昔なら考えられなかった発想だ。
一部の古参ユーザーは戸惑った。
なぜMicrosoftがLinuxを支援するのか。
しかしNadellaの視点では自然な流れだった。
開発者がLinuxを必要としているなら、それをWindows上で快適に使えるようにすればよい。
顧客が望むものを提供する。
それだけの話だった。
こうして振り返ると、Azure Linux 4.0は突然現れた製品ではない。
GitHub。
VS Code。
.NET。
WSL。
Azure。
その全てが一本の線でつながっている。
Microsoftはある日突然Linuxを受け入れたのではない。
長い時間をかけて、自らの立ち位置を変えていったのである。
だが、ここで一つ誤解してはいけないことがある。
MicrosoftはLinux企業になったわけではない。
オープンソース企業になったわけでもない。
ましてや慈善団体になったわけでもない。
彼らは今でも極めて営利的な企業である。
利益を追求し、市場を獲得し、競争に勝とうとしている。
変わったのは目的ではない。
戦い方だった。
そして、その変化を理解するためには、もう一つ別の視点が必要になる。
MicrosoftはLinuxに敗れたのだろうか。
あるいはLinuxがMicrosoftに勝利したのだろうか。
実のところ、その問い自体がすでに時代遅れなのかもしれない。
戦場が消えた日
私たちは技術史を語るとき、つい勝者と敗者を探してしまう。
Windowsが勝った。
Linuxが勝った。
Appleが勝った。
Googleが勝った。
その方が物語として分かりやすいからだ。
だが現実は、それほど単純ではない。
例えば今日、
クラウド上で動いているシステムを見てみよう。
そこにはLinuxがいる。
Dockerがいる。
Kubernetesがいる。
PostgreSQLがいる。
Redisがいる。
Pythonがいる。
PyTorchがいる。
そして、その隣にはAzureがいる。
AWSがいる。
Google Cloudがいる。
もはや誰か一社が全てを支配している世界ではない。
無数の技術が積み重なり、一つの巨大な生態系を形成している。
2000年代初頭、多くの人はこう考えていた。
WindowsとLinuxは競争している。
どちらかが勝つ。
どちらかが負ける。
だが二十年以上が過ぎた今、その問いは奇妙に見える。
なぜなら両方とも生き残ったからだ。
それどころか、同じ企業の中で共存している。
開発者はWindowsでVS Codeを開き、WSLのLinux環境でコードを書き、Dockerコンテナを動かし、Azureへデプロイする。
かつて敵対していた技術たちは、今では一つの開発環境の中に同居している。
戦争は終わった。
そして気付けば、戦場そのものが消えていた。
これはMicrosoftだけの話ではない。
インターネット全体で起きた変化だった。
昔のソフトウェア企業は、自社製品だけで世界を作ろうとした。
OSを作る。
開発環境を作る。
データベースを作る。
ブラウザを作る。
全てを自前で揃える。
巨大な城を築く。
それが成功の条件だった。
しかしクラウドの時代になると事情が変わる。
価値は単独の製品から生まれなくなった。
価値は接続から生まれる。
連携から生まれる。
組み合わせから生まれる。
DockerはMicrosoftのものではない。
Kubernetesも違う。
PostgreSQLも違う。
PyTorchも違う。
CUDAも違う。
それでも現代のシステムは成立する。
いや、むしろその方が強い。
ここで重要なのは、
LinuxがWindowsに勝ったことではない。
オープンソースが商用ソフトウェアに勝ったことでもない。
勝ったのは、もっと抽象的な概念だった。
エコシステムである。
振り返れば、Microsoft自身もそのことを最もよく理解していた企業だった。
MS-DOSが成功した理由は何だったのか。
Windowsが成功した理由は何だったのか。
Officeが成功した理由は何だったのか。
単体の製品性能だけでは説明できない。
開発者が集まる。
企業が集まる。
ユーザーが集まる。
パートナーが集まる。
生態系が形成される。
だから強かった。
皮肉なことに、現在のLinuxも同じ構造を持っている。
Linuxカーネルそのものが価値なのではない。
その周囲に存在する巨大な生態系が価値なのである。
Docker。
Kubernetes。
Terraform。
Ansible。
PostgreSQL。
Redis。
Spark。
Ray。
PyTorch。
vLLM。
数え始めればきりがない。
現代のAI開発基盤は、この巨大なエコシステムの上に築かれている。
そしてMicrosoftは、その事実を認めた。
いや、認めたという表現は正確ではないかもしれない。
利用したのである。
かつてWindowsによって築いた成功の構造を、別の場所に見出した。
だからAzureはLinuxを受け入れた。
だからGitHubを買収した。
だからVS Codeを作った。
だからAzure Linuxが生まれた。
ここで改めて問いを立ててみたい。
Microsoftは何を売っている会社なのだろうか。
Windowsだろうか。
Officeだろうか。
Azureだろうか。
AIだろうか。
おそらく、そのどれでもない。
Microsoftが売っているのは、時代ごとに姿を変える「参加の場」なのかもしれない。
かつてはWindowsがその場だった。
今はAzureがその役割を担っている。
そして未来には、また別の何かへ変わっているだろう。
だからAzure Linux 4.0を見ていて興味深いのは、Linuxそのものではない。
むしろMicrosoftという企業の変化である。
この会社は、自らが築いた城の外に新しい都市が生まれたとき、その都市を破壊しようとはしなかった。
最終的には、その都市へ移住した。
歴史上、多くの帝国がそれに失敗した。
ではなぜMicrosoftだけができたのだろうか。
その答えは、おそらく技術ではない。
企業文化でもない。
もっと根源的なところにある。
「自分は何者なのか」という問いに対する答えである。
なぜMicrosoftは生き残ったのか
ここまでの話を振り返ると、一つの疑問が残る。
なぜMicrosoftは生き残ったのだろうか。
これは意外と難しい問いである。
技術力が高かったからだろうか。
それだけなら説明にならない。
IBMにも優秀な技術者はいた。
DECにもいた。
Sun Microsystemsにもいた。
Nokiaにもいた。
Kodakにもいた。
歴史上の巨大企業は、例外なく優秀な人材を抱えていた。
資金力だろうか。
それも違う。
莫大な資金を持ちながら衰退した企業はいくらでも存在する。
むしろ成功企業ほど豊富な資金を持っている。
問題は、その資金をどこへ投じるかである。
経営者の能力だろうか。
それも完全な説明にはならない。
歴史を見れば分かる。
衰退した企業にも優秀な経営者はいた。
そして成功した企業にも失敗した経営者はいた。
企業の運命を一人の英雄だけで説明することはできない。
では何が違ったのか。
私は、Microsoftが自らの定義を書き換えることに成功したからだと思う。
企業には自己認識がある。
私たちは何者なのか。
何を提供しているのか。
何によって価値を生み出しているのか。
それは企業の戦略だけでなく、文化や意思決定の根底にも存在する。
例えばKodakは何だったのだろう。
写真フィルム会社だったのか。
それとも「思い出を残す会社」だったのか。
もし後者だったなら、デジタル化への対応は違ったものになっていたかもしれない。
Nokiaは何だったのだろう。
携帯電話メーカーだったのか。
それとも「人と人をつなぐ会社」だったのか。
もし後者だったなら、スマートフォン時代の見え方は違ったかもしれない。
そしてMicrosoftは何だったのだろう。
Windows会社だったのか。
Office会社だったのか。
ソフトウェア会社だったのか。
かつてのMicrosoftなら、答えは明快だった。
Windowsである。
WindowsこそがMicrosoftだった。
Windowsの成功がMicrosoftの成功だった。
それは長い間、疑う余地のない事実だった。
しかし時代が変わる。
スマートフォンが登場する。
クラウドが広がる。
オープンソースが普及する。
AIが現れる。
そのたびに、Windows中心の世界観は少しずつ揺らいでいった。
もしMicrosoftが、
「我々はWindows会社である」
という定義に固執していたらどうなっていただろうか。
おそらく今の姿はなかった。
だがMicrosoftは別の答えを選んだ。
我々はWindows会社ではない。
我々は顧客が価値を生み出すための基盤を提供する会社である。
少なくとも、Nadella時代のMicrosoftはそう振る舞っているように見える。
だからLinuxを受け入れられた。
だからGitHubを買収できた。
だからVS Codeを無償で配布できた。
だからPostgreSQLも支援できた。
だからAIモデルを一つに絞らない。
OpenAIだけではない。
顧客が望むなら他社のモデルも提供する。
それは一貫している。
重要なのは顧客が何を使うかではなく、価値を生み出せるかどうかだからだ。
もちろん、これは理想論ではない。
Microsoftは依然として利益を追求する巨大企業である。
競争にも勝ちたい。
市場も支配したい。
株主にも応えなければならない。
だが、そのための手段が変わった。
Windowsを中心に世界を組み立てるのではなく、顧客がいる場所へ自ら移動する。
それが現在のMicrosoftの強さなのだろう。
興味深いことに、この変化は技術史だけでなく生物学にも似ている。
よく知られた言葉がある。
生き残るのは最も強い種ではない。
最も賢い種でもない。
変化に適応できる種である。
実際にはダーウィン本人の言葉ではないと言われている。
だが、その精神は進化論の本質をよく表している。
環境は変わる。
市場は変わる。
技術は変わる。
昨日の成功法則は、明日の失敗要因になる。
その世界で生き残るためには、自分自身を書き換え続けなければならない。
Microsoftは完璧だったわけではない。
失敗もした。
見誤ったこともある。
しかし振り返れば、この会社は何度も自らを作り直してきた。
MS-DOSからWindowsへ。
オンプレミスからクラウドへ。
Windows中心主義からAzure中心へ。
そして今、AIの時代へ。
だが、ここで一つだけ気になることがある。
もしMicrosoftが本当に変化し続ける企業なのだとしたら、その変化に例外は存在するのだろうか。
Windowsですら中心ではなくなった。
Linuxすら受け入れた。
では、長年にわたり企業システムの中心に君臨してきたActive Directoryはどうだろう。
あれだけは永遠に残るのだろうか。
それとも、あれもまた変化の対象なのだろうか。
なぜMicrosoftは生き残ったのか
ここまでの話を振り返ると、一つの疑問が残る。
なぜMicrosoftは生き残ったのだろうか。
これは意外と難しい問いである。
技術力が高かったからだろうか。
それだけなら説明にならない。
IBMにも優秀な技術者はいた。
DECにもいた。
Sun Microsystemsにもいた。
Nokiaにもいた。
Kodakにもいた。
歴史上の巨大企業は、例外なく優秀な人材を抱えていた。
資金力だろうか。
それも違う。
莫大な資金を持ちながら衰退した企業はいくらでも存在する。
むしろ成功企業ほど豊富な資金を持っている。
問題は、その資金をどこへ投じるかである。
経営者の能力だろうか。
それも完全な説明にはならない。
歴史を見れば分かる。
衰退した企業にも優秀な経営者はいた。
そして成功した企業にも失敗した経営者はいた。
企業の運命を一人の英雄だけで説明することはできない。
では何が違ったのか。
私は、Microsoftが自らの定義を書き換えることに成功したからだと思う。
企業には自己認識がある。
私たちは何者なのか。
何を提供しているのか。
何によって価値を生み出しているのか。
それは企業の戦略だけでなく、文化や意思決定の根底にも存在する。
例えばKodakは何だったのだろう。
写真フィルム会社だったのか。
それとも「思い出を残す会社」だったのか。
もし後者だったなら、デジタル化への対応は違ったものになっていたかもしれない。
Nokiaは何だったのだろう。
携帯電話メーカーだったのか。
それとも「人と人をつなぐ会社」だったのか。
もし後者だったなら、スマートフォン時代の見え方は違ったかもしれない。
そしてMicrosoftは何だったのだろう。
Windows会社だったのか。
Office会社だったのか。
ソフトウェア会社だったのか。
かつてのMicrosoftなら、答えは明快だった。
Windowsである。
WindowsこそがMicrosoftだった。
Windowsの成功がMicrosoftの成功だった。
それは長い間、疑う余地のない事実だった。
しかし時代が変わる。
スマートフォンが登場する。
クラウドが広がる。
オープンソースが普及する。
AIが現れる。
そのたびに、Windows中心の世界観は少しずつ揺らいでいった。
もしMicrosoftが、
「我々はWindows会社である」
という定義に固執していたらどうなっていただろうか。
おそらく今の姿はなかった。
だがMicrosoftは別の答えを選んだ。
我々はWindows会社ではない。
我々は顧客が価値を生み出すための基盤を提供する会社である。
少なくとも、Nadella時代のMicrosoftはそう振る舞っているように見える。
だからLinuxを受け入れられた。
だからGitHubを買収できた。
だからVS Codeを無償で配布できた。
だからPostgreSQLも支援できた。
だからAIモデルを一つに絞らない。
OpenAIだけではない。
顧客が望むなら他社のモデルも提供する。
それは一貫している。
重要なのは顧客が何を使うかではなく、価値を生み出せるかどうかだからだ。
もちろん、これは理想論ではない。
Microsoftは依然として利益を追求する巨大企業である。
競争にも勝ちたい。
市場も支配したい。
株主にも応えなければならない。
だが、そのための手段が変わった。
Windowsを中心に世界を組み立てるのではなく、顧客がいる場所へ自ら移動する。
それが現在のMicrosoftの強さなのだろう。
興味深いことに、この変化は技術史だけでなく生物学にも似ている。
よく知られた言葉がある。
生き残るのは最も強い種ではない。
最も賢い種でもない。
変化に適応できる種である。
実際にはダーウィン本人の言葉ではないと言われている。
だが、その精神は進化論の本質をよく表している。
環境は変わる。
市場は変わる。
技術は変わる。
昨日の成功法則は、明日の失敗要因になる。
その世界で生き残るためには、自分自身を書き換え続けなければならない。
Microsoftは完璧だったわけではない。
失敗もした。
見誤ったこともある。
しかし振り返れば、この会社は何度も自らを作り直してきた。
MS-DOSからWindowsへ。
オンプレミスからクラウドへ。
Windows中心主義からAzure中心へ。
そして今、AIの時代へ。
だが、ここで一つだけ気になることがある。
もしMicrosoftが本当に変化し続ける企業なのだとしたら、その変化に例外は存在するのだろうか。
Windowsですら中心ではなくなった。
Linuxすら受け入れた。
では、長年にわたり企業システムの中心に君臨してきたActive Directoryはどうだろう。
あれだけは永遠に残るのだろうか。
それとも、あれもまた変化の対象なのだろうか。
最後の砦
もし誰かに、
「現在のMicrosoftを支える技術を一つ挙げよ」
と言われたら、私はActive Directoryを候補に挙げるかもしれない。
Windowsでもない。
Officeでもない。
Azureでもない。
Active Directoryである。
Active Directoryは単なる認証システムではない。
企業そのものをデジタル化した仕組みだ。
社員がいる。
部署がある。
役職がある。
承認経路がある。
権限がある。
組織図がある。
ADはそれらをコンピュータの中へ写し取った。
だから企業は受け入れた。
二十年以上にわたり、多くの企業システムはこの前提の上に築かれてきた。
だが、その前提は永遠なのだろうか。
私は少し疑っている。
AIはコードを書く。
AIはアプリケーションを作る。
AIは業務フローを組み立てる。
AIはAPIを接続する。
AIは人間の指示だけで、小さなシステムを次々に生み出す。
その数は今後さらに増えるだろう。
すると奇妙な問題が現れる。
そのアプリの所有者は誰なのか。
そのエージェントはどの部署に所属するのか。
誰が承認したことになるのか。
誰が責任を持つのか。
従来の組織図は、人間を管理するための仕組みだった。
しかしAI時代には、人間とAIが混在する。
一人の社員が十体のエージェントを従えるかもしれない。
あるいは百体かもしれない。
その全てに個別の権限設定を行うのだろうか。
その全てを組織図へ当てはめるのだろうか。
もちろん未来は分からない。
OAuthかもしれない。
OIDCかもしれない。
Workload Identityかもしれない。
まだ名前のない新しい仕組みかもしれない。
あるいは、認証より監査の方が重要になる可能性すらある。
事前統制ではなく事後追跡。
許可より記録。
管理より観測。
そんな世界が訪れるかもしれない。
だが一つだけ確かなことがある。
Active Directoryもまた、人類がある時代に作り上げた一つの答えに過ぎないということだ。
かつて絶対だったメインフレームがそうだったように。
Windowsがそうだったように。
クラウドがそうであるように。
どんな仕組みも永遠ではない。
もし将来、Active Directoryが歴史的役割を終える日が来たとしても、それはMicrosoftの敗北を意味しないだろう。
Windows中心主義を手放したように。
Linuxを受け入れたように。
Microsoftはまた別の姿へ変わるだけだ。
そして、ここで私たちは奇妙な問いに行き着く。
Microsoftとは何なのだろうか。
Windowsなのだろうか。
Officeなのだろうか。
Azureなのだろうか。
Active Directoryなのだろうか。
古代ギリシャには有名な思考実験がある。
テセウスの船である。
船の部品を一つずつ交換していく。
やがて全ての部品が入れ替わったとき、その船は果たして元の船と同じなのか。
Microsoftもまた、それに似ている。
MS-DOSは消えた。
Internet Explorerは消えた。
Windowsは中心ではなくなった。
オープンソースを敵視していた文化も消えた。
GitHubを所有し、Linuxを提供し、AIを売る会社になった。
二十年前のMicrosoftと今のMicrosoftは、別の会社に見える。
それでも私たちは、それを同じ名前で呼んでいる。
Microsoftと。
Azure Linux 4.0は、一見すると単なる技術ニュースに見える。
新しいLinuxディストリビューションが公開された。
それだけの話かもしれない。
だが私には、もう少し大きな意味を持っているように思える。
これはLinuxの物語ではない。
クラウドの物語でもない。
ましてやWindowsの敗北でもない。
変化の物語である。
人間は未来を予言したがる。
十年後を語りたがる。
二十年後を断言したがる。
だが歴史を振り返ると、未来を正確に当てた人はほとんどいない。
IBMの未来も。
インターネットの未来も。
スマートフォンの未来も。
AIの未来も。
私たちはいつも外れる。
それでも歴史には一つだけ繰り返される法則がある。
変化そのものは止まらない。
ということだ。
だから本当に重要なのは、未来を当てることではない。
変化した未来に適応できることだ。
BallmerはWindowsを守った。
NadellaはWindowsを超えた。
どちらも、その時代における合理的な選択だった。
そして二人に共通していることが一つある。
彼らはMicrosoftを生き残らせようとしていた。
おそらく二十年後も、Microsoftは今とは違う姿になっているだろう。
Azureが中心ではないかもしれない。
Active Directoryも存在しないかもしれない。
AIですら主役ではなくなっているかもしれない。
それでも、もしその会社が生き残っているのだとしたら。
その理由は技術ではない。
製品でもない。
WindowsでもLinuxでもない。
自らを書き換え続ける能力。
適応という技術。
Azure Linux 4.0は、その最新の一ページなのである。

