はじめに
「AIがブラウザを操作する。」
そう聞いて、多くの人は「RPAが賢くなったようなものだろう」と思うかもしれません。
しかし、Googleが公開したGemini Browserのデモを見て、私は途中から別のものを見ているような感覚になりました。


例えば、デモ画面でアメリカ・ホワイトハウスの最新ニュースを取得してみます。

AIは最初からニュースページのURLを知っているかのように飛ぶのではありません。
まずトップページを開きます。
そこから「News」の項目を探し、クリックし、記事一覧へ移動して最新情報を取得していました。
まるで、人間が初めてそのWebサイトを訪れたときと同じような手順です。
もう一つ興味深かったのは、「Wordを開いて自己紹介を書いて」という指示でした。
AIはまずMicrosoft Word Onlineを開こうとします。
認証が必要だと判断すると、今度はGoogle検索を始めます。
「ログイン不要で使えるオンラインワープロ」
という代替手段を探し始めたのです。
失敗したから止まるのではありません。
目的はそのままに、手段だけを変えて進み続ける。
その姿は、これまで私たちが見てきたチャットAIとは、どこか違っていました。
私はこのデモを見ながら、あることを考えていました。
もしかすると、AIはブラウザを操作しているのではない。
もっと大きな何かを抽象化し始めているのではないか、と。
彼はブラウザを操作していたのではなかった
Gemini Browserのデモで、私が最も印象を受けたのは、その行動があまりにも「人間らしかった」ことです。
ホワイトハウスのニュースを取得するだけなら、もっと効率的な方法はいくらでもあります。
Google検索でニュースページへ直接飛んでもいいでしょう。
サイトマップを読んでもいい。
APIがあれば、それを呼び出すだけで済みます。
しかし、Geminiはそうしませんでした。
トップページを開きます。
「News」という項目を探します。
クリックします。
一覧を読みます。
そして目的の記事へたどり着きます。
これは、私たちが初めて訪れるWebサイトで自然に行う行動そのものです。
なぜ、こんな遠回りをしたのでしょうか。
おそらくGeminiは、「ニュースページ」という知識を持っていたのではありません。
持っていたのは、
「ニュースを探す」という目的です。
だから、途中の手順は環境に合わせて組み立てられます。
NewsがLatestになっていても構いません。
メニューが右上へ移動していても構いません。
レイアウトが変わっていても問題ありません。
目的は変わらず、行動だけが変わる。
これは従来の自動化とは、決定的に違う考え方です。
従来のRPAは、画面を記憶していました。
AIは、目的を記憶しています。
その違いは、とても大きい。
だから私は、このデモを見ながら途中で気付きました。
Geminiが操作していたのは、ブラウザではありません。
ブラウザという環境の中に存在する情報だったのです。
BrowserもSlackもExcelも、本当は同じだった
ここで、少し大胆なことを書いてみたいと思います。
私たちは普段、
「ブラウザを使う」
「Slackで連絡する」
「Excelで集計する」
「Wordで文書を書く」
と表現します。
しかし、本当に使いたいのは、それらのソフトウェアなのでしょうか。
少し考えてみてください。
営業担当者がExcelを開く理由は、セルを編集したいからではありません。
売上を知りたいからです。
Slackを開く理由も、チャットが好きだからではありません。
誰かと情報を共有し、仕事を前へ進めたいからです。
ブラウザを開く理由も同じです。
Chromeを使いたい人など、ほとんどいません。
知りたい情報があるから、ブラウザという道具を使っているだけです。
つまり、人間が本当に求めているものは、昔から変わっていません。
情報を手に入れること。
情報を書き換えること。
情報を誰かへ届けること。
ソフトウェアは、そのための手段に過ぎなかったのです。
だからAIにとっては、
ブラウザも、
Slackも、
Excelも、
Wordも、
本質的には別々のアプリケーションではありません。
情報を読み、
情報を書き、
情報を整理し、
情報を渡す。
そのための「異なる形をしたインターフェース」に過ぎないのです。
Gemini Browserのデモを見ていると、その発想がよく分かります。
AIは「ブラウザを操作しよう」と考えているようには見えません。
「情報を取得するには、この環境ではブラウザという道具を使うのが最適だ。」
そう判断しているように見えるのです。
もし同じ情報がAPIから取得できるなら、そちらを使うでしょう。
MCPが提供されていれば、それを呼び出すでしょう。
ブラウザしかなければ、ブラウザを開く。
それだけの話です。
人間は、長い時間をかけて「ソフトウェアごとの使い方」を覚えてきました。
しかしAIは、その一段上から世界を見ています。
Wordだから。
Excelだから。
ブラウザだから。
そんな区別はありません。
そこにあるのは、「情報を操作する方法」が違うだけの世界です。
Gemini Browserのデモが見せたのは、ブラウザを自動操作する技術ではありません。
AIが、ソフトウェアという境界そのものを意識しなくなり始めた瞬間だったのです。
Computer UseはGUIをAPIへ変えた
ここ数年、AIエージェントの世界では「MCP(Model Context Protocol)」が大きな話題になっています。
アプリケーションがAIへ機能を公開し、AIは決められた手順でその機能を呼び出す。
非常に美しい仕組みです。
もし、すべてのソフトウェアがMCPへ対応すれば、AIは画面を見る必要すらありません。
データベースから直接情報を取得し、
文書を直接編集し、
メールを直接送信できます。
まさに理想の世界です。
しかし、現実はそう簡単ではありません。
企業には何十年も前に作られた業務システムがあります。
更新されない社内Webアプリケーションがあります。
APIどころか、仕様書すら残っていないソフトウェアも珍しくありません。
だからRPAという市場は、長年生き残ってきました。
画面しか触れない。
だから画面を操作する。
それしか方法がなかったからです。
Gemini Browserが面白いのは、この古い世界へAIがそのまま入ってきたことです。
画面を見ます。
ボタンを見つけます。
クリックします。
画面が変われば、もう一度見ます。
人間が仕事を進めるのと、まったく同じ流れです。
ここで重要なのは、「GUIを操作できるようになった」ことではありません。
もっと本質的な変化があります。
AIにとってGUIは、もはやユーザーインターフェースではありません。
一つのAPIになったのです。
ボタンを押すことも、
スクロールすることも、
フォームへ入力することも、
AIから見れば、すべて「情報へアクセスするための操作」に過ぎません。
つまり、
APIがあるならAPIを使う。
MCPがあるならMCPを使う。
CLIがあるならCLIを使う。
何も無ければGUIを使う。
その違いは、人間ほど重要ではありません。
AIは目的を達成するために、最も利用しやすい経路を選ぶだけです。
私たちは長い間、
「GUI」と「API」をまったく別のものとして考えてきました。
しかしAIの視点から見ると、その境界は急速に曖昧になり始めています。
どちらも「情報へ到達するための入口」でしかないからです。
Gemini Browserが見せたComputer Useは、ブラウザを操作する技術ではありません。
GUIという、人間のために設計されたインターフェースを、AI自身のAPIへ変換した技術なのです。
だからRPAは終わらない
Computer Useを見て、
「これでRPAは終わる。」
そう感じた人もいるかもしれません。
しかし、私はむしろ逆だと思っています。
RPAは、AIが生まれるずっと前から存在していました。
その理由は、とても単純です。
世の中には、APIが存在しないソフトウェアが山ほどある。
それだけの話でした。
企業の中には、十年前、二十年前に開発された業務システムが、今も現役で動いています。
社内だけで使われるWebアプリケーション。
担当者しか使い方を知らない管理画面。
すでに開発会社すら存在しないシステム。
そんな環境では、「APIを作ればいい」という答えは、現実的ではありません。
だから人間は、画面を見て仕事をしてきました。
RPAもまた、人間と同じように画面を見て、ボタンを押し、入力を行ってきました。
Gemini Browserが変えたのは、その方法ではありません。
変えたのは、その知性です。
従来のRPAは、決められた手順しか実行できませんでした。
ボタンの位置が変われば止まります。
画面の色が変われば止まります。
メニュー名が変われば止まります。
だから、「自動化」はできても、「仕事」はできませんでした。
Computer Useは違います。
画面を見て考えます。
目的を理解します。
状況が変われば、別の方法を探します。
それは、自動化というよりも、人間の判断に近い振る舞いです。
だから私は、Computer Useを見てもRPAが消えるとは思いません。
むしろ、その逆です。
RPAという考え方が、AIによって完成へ近づいた。
そう感じています。
人間の仕事は、古いシステムの中でも続きます。
GUIは、これからも残り続けるでしょう。
だから、GUIを理解できるAIも、長く必要とされるはずです。
私たちは「APIの時代」と「GUIの時代」を別々に考えがちです。
しかしAIにとって、その区別にはあまり意味がありません。
APIが使えるならAPIを使う。
CLIが使えるならCLIを使う。
GUIしか残されていないなら、GUIを使う。
目的を達成できるなら、それで十分なのです。
Computer Useは、新しい技術を生み出したわけではありません。
長年、人間が仕方なく行ってきた「画面を見る」という仕事を、AIが自然に引き継ぎ始めた。
そのことにこそ、本当の意味があるのだと思います。
Googleは検索を壊そうとしているのか
Gemini Browserのデモを見て、多くの人が最初に思うことがあります。
「これではGoogle検索が不要になるのではないか。」
確かに、そのようにも見えます。
AIは自らブラウザを開きます。
目的のWebサイトへ移動します。
記事を取得し、要約します。
人間は、検索結果を一つひとつ開く必要がありません。
従来の検索体験とは、まったく違う世界です。
しかし、このデモをもう一度よく見てみると、少し違う景色が見えてきます。
AIは、情報を「生成」しているのではありません。
ブラウザを使って、Webへ取りに行っています。
つまり、情報の源泉は今までと変わりません。
変わったのは、その途中にいた「人間」だけなのです。
この変化は、Webメディアにも大きな影響を与えるでしょう。
これまで、多くのメディアは「AIによる情報取得」を警戒してきました。
検索エンジンやクローラーにはルールを設け、
AI企業とのライセンス契約も進められています。
しかしComputer Useは、その構図を少し変えてしまいます。
情報を取得しているのは、AI企業のサーバーではありません。
ユーザー自身のブラウザです。
人間がブラウザを操作する代わりに、AIが操作しているだけ。
そこには従来のクローラーとは違う、新しい境界があります。
もちろん、ページは開かれます。
広告も表示されるでしょう。
アクセス解析にも記録されるでしょう。
しかし、一つだけ大きく違うものがあります。
そのページを、人間は見ていません。
広告は表示されても、視線はAIの要約へ向かう。
ページビューは残っても、読書体験は失われる。
広告主が買っていたものは、本当に「表示回数」だけだったのでしょうか。
そんな問いまで生まれてきます。
それでもGoogleが、この方向へ進む理由は理解できます。
もしGoogleがComputer Useを提供しなければ、誰かが提供するでしょう。
OpenAIかもしれません。
Anthropicかもしれません。
あるいは、まだ名前も知られていない新しい企業かもしれません。
そのときGoogleは、「検索」という入口そのものを失う危険があります。
だから、自ら既存の検索体験を変える。
それは、一見すると自己否定のようにも見えます。
しかし振り返れば、Googleは何度も同じことを繰り返してきました。
検索だけの会社だったGoogleは、Chromeを作りました。
Chromeだけではなく、Androidを育てました。
そして今、Geminiを中心としたAIプラットフォームへ舵を切っています。
Googleは検索会社であり続けようとしているのではありません。
「人が情報へたどり着く入口」を握る会社であり続けようとしている。
そう考えると、このデモは検索を壊すためのものではありません。
検索の次に来るインターフェースを、自分たちの手で作ろうとしている。
その宣言だったのかもしれません。
インターフェースは消える
コンピューターの歴史は、インターフェースの歴史でもありました。
パンチカード。
コマンドライン。
GUI。
Webブラウザ。
スマートフォン。
チャット。
そして今、AIエージェント。
私たちは新しいインターフェースが現れるたびに、「次の時代が始まった」と語ってきました。
しかし、Gemini Browserのデモを見ていて、ふと別の考えが頭をよぎりました。
もしかすると、それらは進化してきたのではありません。
少しずつ透明になってきただけなのではないか、と。
考えてみれば、人間は最初からブラウザを使いたかったわけではありません。
Excelを開きたかったわけでもありません。
Slackでチャットをしたかったわけでもありません。
欲しかったのは、いつもその先にある結果です。
情報を知ること。
誰かと共有すること。
文書を完成させること。
仕事を終えること。
インターフェースは、その目的へたどり着くための橋でした。
そして橋は、便利になるほど存在を意識されなくなります。
Computer Useが示したのは、AIがブラウザを操作できるという事実ではありません。
AIが、ブラウザも、Slackも、Excelも、Wordも、「情報へ到達するための一つの経路」として扱い始めたということです。
それは、人間が長い時間をかけて築いてきた「ソフトウェア」という境界が、AIにとってはそれほど重要ではないことを意味しています。
APIがあればAPIを使う。
CLIがあればCLIを使う。
GUIしかなければGUIを使う。
AIにとって、それらはすべて同じ目的へ向かう別々の道です。
だから、このデモを見ていて私が本当に驚いたのは、ブラウザを操作する技術ではありませんでした。
AIが「ソフトウェアを使う」という概念そのものを抽象化し始めたこと。
そこに、新しい時代の始まりを感じたのです。
いつの日か、私たちは「Chromeを開く」「Excelを起動する」「Slackへ投稿する」と言わなくなるのかもしれません。
ただ、
「調べておいて。」
「まとめておいて。」
「送っておいて。」
そう伝えるだけで、AIが最適な手段を選び、仕事を終えてくる。
そのとき、ブラウザも、チャットも、アプリケーションも、私たちの視界から少しずつ姿を消していくのでしょう。
人類は、コンピューターを発明して以来、より優れたインターフェースを作り続けてきました。
けれど本当は、最初から一つのことだけを目指していたのかもしれません。
インターフェースを、なくすことです。

