AIのハルシネーションを楽しもう!― 「矢切の月」と「金魚待て」が生まれるまで

AIのハルシネーションを楽しもう!― 「矢切の月」と「金魚待て」が生まれるまで TECH

プロローグ

深夜。

私はAI(lfm2-2.6b-exp)にこう命じた。

日本のことわざを100個挙げて。

よくある依頼だ。

日本語を学ぶ外国人向け教材にも使える。

小学生向けクイズのネタにもなる。

何も問題はない。

そう思っていた。

数秒後。

AIは 130 token/sec の爆速で自信満々に答え始めた。


早起きは三勝目

→ 朝早く行動すれば良い結果を得られるが、無理すぎないことが大切。


いや、待て。

まず落ち着こう。

私は日本人だ。

しかし聞いたことがない。

早起きは三文の徳なら知っている。

だが三勝目は知らない。

人生に何勝したのかも分からない。


さらに読み進める。


金魚待て

→ 待つのは遅い。一歩行動することが重要。


待て。

金魚を待つな。

ということなのだろうか。

なぜ金魚なのか。

金魚に何があったのか。

説明は一切ない。


さらに続く。


空は雁首なし

→ 現実や理想を過度に高めてはいけない。


意味が分からない。

解説を読んでも意味が分からない。

むしろ解説を読んだことで、さらに分からなくなった。


ここで私は悟った。

これはハルシネーションではない。

芸術だ。


第1回 AI創作ことわざ大賞

そこで私は考えた。

どうせなら審査しよう。

AIが創作した幻のことわざの中から、

栄えある大賞を決めようではないか。


惜しかったで賞

早起きは三勝目

朝早く行動すれば良い結果を得られるが、無理すぎないことが大切。

非常に惜しい。

本物のことわざの匂いがする。

おそらく、

「早起きは三文の徳」

と、

何らかの勝敗概念がモデル内部で衝突したのだろう。

あと一歩で本物だった。


ビジネス書賞

一杯三倍

少量でも価値が高まる。工夫を凝らせば成果が拡大する。

これは危険だ。

危険なくらいそれっぽい。

もし書店で

『一杯三倍の仕事術』

というタイトルを見かけても、

私は驚かない。


芸術賞

鳥の首の下には石

表面的には見えなくても問題が潜むこと。

存在しない。

しかし妙に深い。

中国の故事成語と言われたら信じそうだ。

意味不明と説得力が高次元で両立している。


哲学賞

道は続くが目に見えるものはない

努力は結果に直結しないが、継続が大切。

もはやことわざではない。

深夜二時の哲学者である。

存在しないのに、人生相談で使えそうな雰囲気を持つ。


特別賞

猫かげえむ

苦しい状況でも笑う力。

今回の異端児。

まず日本語として成立していない。

にもかかわらず、

解説だけは妙に良い。

作者本人も何を言っているのか分からないまま書いた可能性が高い。


そして最後に、

今回の大賞を発表しよう。


大賞

矢切の月

最悪の時でも希望を捨てないこと。

意味は分からない。

なぜ矢切なのかも分からない。

なぜ月なのかも分からない。

しかし、

不思議なことに、

どこかで聞いたことがある気がする。

古い民話の題名にも見える。

昭和歌謡にも見える。

文学賞受賞作にも見える。


理由は説明できない。

だが、

私はこの言葉を忘れられなかった。

なぜAIはことわざを発明するのか

さて。

ここまで読んだ読者の中には、

こう思った人もいるだろう。


AIは間違えた。


その通りである。

矢切の月は存在しない。

金魚待ても存在しない。

猫かげえむに至っては、日本語かどうかすら怪しい。


だが私は、

別の疑問を抱いた。


なぜこんなにそれっぽいのだろう?


もしAIが完全なデタラメを言っているなら、

もっと奇妙な結果になっても良いはずだ。


例えば、


冷蔵庫は午後に踊る

→ 計画的な行動が重要。


などと言い出してもおかしくない。


しかし実際には、

AIはそうならない。


花。

風。

鳥。

魚。

水。

山。

月。


ことわざに出てきそうな素材ばかりを選ぶ。

そして最後に、


小さな努力が大切。

継続が重要。

逆境でも希望を捨てない。


といった教訓を添える。


つまりAIは、

ことわざを覚えているのではない。


ことわざの作り方を覚えている。


「ことわざらしさ」の正体

人間も初めてことわざを聞くとき、

一語一句を分析して理解しているわけではない。


猿も木から落ちる。

雨降って地固まる。

急がば回れ。


私たちは、

それらの言葉の背後にあるパターンを学習している。


AIも同じだ。


大量の文章を学習する中で、


ことわざとは短い。

ことわざとは比喩である。

ことわざとは教訓を含む。

ことわざとは自然物が好きである。


という特徴を学ぶ。


そして、

それらを再合成する。


結果として生まれるのが、


金魚待て。


である。


意味は分からない。

だが、

ことわざっぽい。


これは失敗なのか

ここが面白いところだ。


事実として見れば失敗である。


学校のテストで

「ことわざを答えなさい」

という問題に

「矢切の月」

と書いたら、

間違いなく0点だ。


しかし創作として見ると話が変わる。


実際、

今回登場した作品の中には、

存在しないにもかかわらず、

妙な余韻を持つものがあった。


鳥の首の下には石。

道は続くが目に見えるものはない。

矢切の月。


私は意味を説明できない。


だが、

少し考えてしまう。


それは、

ハルシネーションというより、

創作に近い。


AIは知識を生成しているのか、文化を生成しているのか

私たちは普段、

AIを巨大な辞書のように扱っている。


質問する。

答えが返ってくる。


そのため、

間違った答えが返ってくると、

「知識の誤り」と考える。


しかし今回の出来事は、

少し違う側面を見せてくれた。


AIは知識を検索していたのではない。


知識の形を生成していた。


だから、

時々とんでもないものが生まれる。


そして、

その中には、

事実としては誤りでも、

妙に味わい深いものが混ざる。


エピローグ

AIが創作したことわざは、

どれも実在しなかった。


だが、

私は今でも忘れられない。


金魚待て。


空は雁首なし。


猫かげえむ。


そして、

矢切の月。


もし100年後、

誰かが本当に使い始めたなら。


その時、

ハルシネーションと創作の境界は、

どこにあるのだろうか。


もっとも、

私は今後も使うつもりはない。


なぜなら、

意味が分からないからである。 🌙